一般社団法人 グローカル政策研究所

阿部孝則の『寡黙な麻雀王者』

第27回連載

事業に失敗してからの数年間は私にとってはまさにリハビリ期間でした。
勤務する雀荘を変えて半年程たった頃でしょうか。
これまでとは違い全てが良い方向に向いているように感じていました。
しかしそれも束の間でした。
例のあのコロナウィルスが流行し始めたのです。
私はニュースの情報や職場の様子、またRMUでとられる対応などを参考にしながら雀荘の勤務は続けていました。
私の場合当然ですがリモートワークなどという対策がとれないため仕事をするか休むかの2択しかありません。
休めば収入が無くなるので死活問題です。
コロナウィルスが出始めてから3ヶ月くらいが経過し、その猛威は収まる様子が無く更に激化していきました。
連日のニュースも感染者の増加と不安を煽るようなことばかりが言われています。
RMUでも普段は試合を欠場した際は必ずペナルティポイントが課せられ試合を欠場した選手が不利になるようなルールが設けられています。
しかしこの状況を鑑みコロナ特例が設けられます。
発熱などでコロナの疑いのある者が会場に来てクラスターなどの集団感染を引き起こさないよう、この時期の欠場に関してはしばらくノーペナルティとする事となります。
普段から割と細かいことは気にしない私でも流石に考えざるを得ない状況になってきました。
私はRMUで今回とられた対策や連日のニュース報道を重く受け止めます。
雀荘は特に不特定多数の人々と至近距離で接しなければなりません。
マスクや手指消毒、うがいなどの対策だけで果たして防げるのだろうか?
そして実家で一緒に暮らす母親は心臓に持病を抱えているため、もし重症化したら死ぬかも知れないと不安がっています。
私がコロナに感染する分にまあ良いとしてもそれを母に感染させてしまったら取り返しにつかない事になるかも知れない。
私は母と話し合いとりあえず1ヶ月か2ヶ月の間様子を見ながら仕事を休むことを決めます。
これには母も少し安心してくれたようでした。

長期的に仕事を休むことになった私は20代の頃を思い出していました。
そう言えば定職に就かずに麻雀だけしていた時期もあったのです。
毎月の麻雀の収支はプラスにはなるのですがそれだけで食えるほどは勝ち切ることが出来ず、一緒に暮らしていた女性に面倒を見てもらっていました。
月トータルで収支がプラスなら基本フォームは間違っていないはずです。
でも大勝できないのは何か更にプラスアルファが必要と言う事です。
上手いだけでは平均より少しだけ上の普通の人。
その上で強くなければ勝ち切れない。
そうならなければきっとタイトルは獲れない。
若い頃私はそんな事を考え日々麻雀に打ち込んでいました。
昔は放送対局などは無く、牌譜というペーパーを見て過去の対局を再現して対局者の思考を考えたり研究したりしたものでした。
あれから30年近く経ってしまいましたが幸いなことに時間はまだたくさんあります。
私はこの機会に過去の放送対局を見返す時間を増やしていきます。
こんな風に思えるようになってきた私のリハビリ期間は終わりに近づいているのかも知れませんでした。

仕事を休むようになってから1ヶ月が過ぎようとしていましたがコロナウィルスは収束する様子はまだありません。
私はもう少しの間休業することにします。
この期間はほとんど家から出ずにたまに近所のコンビニに足を運ぶ程度の生活でした。
自分自身でも少し心配になるくらい運動どころか歩いてもいません。
流石にこれは少しまずいと思い、後日少し長い散歩というか散策に出掛けてみることにします。
私の実家は青梅線沿線にあり1時間ほどで終点の奥多摩まで行く事ができます。
青梅から先の奥多摩までの区間は線路も単線となり無人駅も多数あるなど都内と比べると同じ東京とは思えないほどの雄大な自然が広がる地域になっています。
人混みを避け自然の中を散策するにはうってつけの所です。
今日はまだ暖かい気候とは言えませんでしたが歩いていれば寒いということはなく絶好の散策日和です。
私は途中の御嶽駅で下車し御嶽山に登る事も考えました。
ケーブルカーとリフトを使えば比較的楽に山頂近くまで行くことができ、晴れた日なら都心の高層ビル群やスカイツリーも見ることができるようです。
しかしこの日の私は山よりは川という気分でした。
地図を見て駅から川までが比較的近い所を探します。
鳩の巣という終点の奥多摩より2つ手前の駅がその条件に当てはまりそうなのでそこで降ります。
駅2つ分くらいであれば歩くのにもちょうど良さそうです。
私は川づたいに歩き上流を目指して行きます。
この辺りは低い山々が連なりその間に渓谷があり多摩川が流れています。
渓谷にかけられた橋も多く下まではかなりの高さがあります。
途中河川の方まで降りることができそうな道を探し河原まで降りてみることにします。
去年の台風の時に多摩川が大増水して大変なことがありましたが、その影響と思われる河川の氾濫の痕が見られます。
それは河原にたった私の背丈より高いところの草や大木が薙ぎ倒された痕があり自然の猛威を目の当たりにすることになります。
寄り道をたくさんしてしまった私は3時間ほどかけて奥多摩まで辿り着きます。
ここからはバスに乗りせっかくなので奥多摩湖まで行って帰ろうと思っていました。
しかし残念ながらコロナのせいでバスは運休ということでした。
バス停には熊出没注意!の看板があるなど中々見られない光景の数々を携帯の写真に納め駅で少し休憩することにします。
奥多摩駅舎内には小さな喫茶店があり軽食やコーヒー、地ビールなどが楽しめます。
4種類ほどある奥多摩の地ビールの中からフルーティーなイチゴの様なフレーバーという説明に惹かれそれをチョイスします。
飲んでみると軽い飲み口の中に本当にイチゴのような味わいがします。
散々歩き回り少し熱った体に爽やかな地ビールが沁みていきます。
私はこういう事も必要な時もあるなと思いながら軽い足取りで帰宅の途につくのでした。

第28回連載へ続く...

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