一般社団法人 グローカル政策研究所

阿部孝則の『寡黙な麻雀王者』

第23回連載

大きな声で言えたことではありませんが、2度目の離婚から数ヶ月が過ぎようとしていました。
当時住んでいたメゾネットタイプの2DKのアパートは1人には少し広すぎるようです。
家賃は比較的安いほうだったので1人でもなんとかやっていけていましたが、仕事や対局を終えアパートに帰り1人晩酌をしているときなどふとした時に少ししんみりとしてしまいます。
麻雀店の勤務は変わらず続けていましたが、競技の方の対局には気持ちが入らずモチベーションを保てなくなってきていました。
こうなってくると成績は低迷する一方で、特にこの頃のリーグ戦の成績はそれは悲惨な成績でした。
私の競技麻雀人生の中でもこの時の数年間がどん底だったと言えると思います。
そうなると思考はどんどんネガティブな方に向いていきます。
もう真剣に競技麻雀に向き合うことが難しくなっているのだろうか?
私が再び栄冠を手にすることはあるのだろうか?
そろそろ潮時なのではないだろうか?
この先麻雀とはどんな形で関わっていくべきなのか?それともスッパリ麻雀界から身をひくべきなのか?
夜毎色々な想いが頭に浮かんでは消えていきます。
今までは考えもしなかったことを考えるようになっていました。
もしかしたら少し鬱っぽくなっていたのかも知れません。

その頃勤務していた麻雀店にはホール係のアルバイトが何人かいました。
いずれも二十歳前後の若い女の子ばかりでした。
その中の1人の子が以前から私に好意的な感じで接してくれているのは知っていましたが、それまではお店の中でたまに会話する程度でした。
彼女は19歳で小柄で痩せ型なのでかなり華奢な印象でした。
手首にリストカットの跡が数本あり、小学校の頃はイジメにあい不登校になっていた時期もあったそうだ。
たまにする会話の中で得られた彼女の情報はこれくらいのことでした。
私は何かを変えたかったのか何かにすがりたかったのかもしれません。
ある日私は仕事終わりに思い切って彼女を食事に誘ってみることにしました。
あっさりOKの返事が貰えたのでその日は近くの居酒屋に行くことにしました。
はじめはお店やスタッフ、お客さんのことなどもっぱら職場や麻雀の話題で盛り上がっていましたが、次第にお酒も入りほろ酔いになってくると私たちはお互いの身の上話を打ち明けることになります。
なんと彼女も19歳という若さながら離婚歴があり更に出産の経験もあるといいます。
16歳の時に当時付き合っていた10歳ほど年上の男性との子供を妊娠してしまいます。
紆余曲折あったものの最終的に結婚と出産を認められ通っていた高校を中退します。
しかし16歳で結婚、出産はしたものの同居していた姑と折り合いがつかなくなってくると次第に旦那との仲もギクシャクしたものになっていったといいます。
結果的に彼女は鬱病になり育児放棄をしてしまいます。
結婚生活はわずか2年足らずで終焉を迎え彼女が18歳のときに離婚することになります。
今は病気も少しは良くなったたようですが、愛情を注いであげることができなかった息子に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになり私は生きていてはいけない人間だと思い込んでしまうという。
そして発作的に手首を切ってしまうと。
更に元夫には息子との面会を拒絶され連絡先も教えてもらえなかったのだそう。
もし息子に会うことができるなら私のことは許してくれないかも知れないけど誠心誠意謝りたいと言います。
そしていつか再会できることを願い息子のために少ないながらも貯金をしていると言います。
なんともか弱くそして健気な彼女に私は同情していました。
私たちはその後も何回か食事やデートを重ね付き合い始めることになります。
私としても年齢差は少し気になるところでしたが、お互いに好意を持っていたし気の合うところもありました。
またお互いに誰かに寄り添っていたかったのかも知れません。
付き合い始めてすぐに1人には広すぎた私のアパートで一緒に暮らすことになりますが、その頃の彼女はとても不安定な状態でした。
デートをしていると突然過呼吸になったり突然泣き出したりすることもありました。
たまにちょっとしたことで言い争いになったときは突然バタッと倒れて意識不明になったりと、私にとってははじめてのことが色々ありすぎてただただ慌ただしく過ごしていました。
なんとか彼女を救ってあげたい!そんな気持ちだったのだと思います。
自分のことさえ一人前に出来ない男が聞いて呆れてしまいますが。

数ヶ月が過ぎたあたりのある日彼女から突然『結婚したい』と言われます。
あまりに唐突過ぎてびっくりしながらも『なんで?!』と私は聞き返します。
子供が欲しいなら解らなくもないですが、それは過去のことがありそういうわけではなさそうなのは聞いていました。
であれば今のままでしばらくは良いと思っていたからです。
『自分でもなんでこんな気持ちになるのかわからない、けど安心とか約束みたいなものが欲しいのかも、来月で20歳にもなるしそしたら良いかなって思って』と彼女は明るく答えます。
断る理由は特にありませんでしたが、何でこんな自分なんかと?という戸惑いはありました。
この時の私は彼女と付き合い始めたことによりどん底よりは少し回復して上向きにはなっていました。
しかし私自身も不安定な状況には変わりはなかったのです。
もう少しこのまま様子を見ない?と提案しましたが、最終的に私が折れ彼女の希望に応えることにします。
まず近くに住む彼女の両親に挨拶に行きます。
聞けばご両親も20歳ほど歳の離れたご夫婦とのことで、私たちのことで特に反対されることもなく承諾を頂くことができました。
彼女の母親が私と1歳しか変わらないことは少しびっくりしましたが考えて見ればそれも当然のことです。
後日彼女は誕生日を迎えその1ヶ月後に婚姻届を提出しました。
今思えば2人揃って不安定なままの危なっかしいスタートでした。
それでも彼女のために出来る限りのことをしなければならない、2人なら何か出来るかも知れない。
そんな気持ちでいたんだと思います。

第24回連載へ続く...

COLUMN

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