一般社団法人 グローカル政策研究所

阿部孝則の『寡黙な麻雀王者』

第16回連載

この年の春私は37歳になっていました。
19歳の時に安藤満さんと出会い20歳で日本プロ麻雀連盟に入会。
以後公私にわたり私を指導をして下さった恩師である安藤満さんのあまりにも早すぎる死を目前にした私の悲しみは途轍もなく大きなものでした。
うまく気持ちの整理をつけられないまま第21期鳳凰位決定戦を迎えます。
1日目
成績こそ少しのプラスでまとめたものの、どこかフワフワしたような感覚でその日を終えてしまいます。
『こんな風になることは今まで無かった、2日目以降に修正していかないとまずい。』
2日目
1日目の反省を生かしかなり強い気持ちで臨んだつもりの2日目でした。
が、実際には勝負所で勝負を先送りしてしまうなど相変わらず不甲斐ない戦いをしてしまいます。
勝負をあまりしない分致命傷は負いませんでしたが、これではとてもではありませんが優勝することはできません。
『こんな戦いをするために俺はここにいるんじゃない。何より安藤さんに顔向けできない。』
3日目(最終日)
最終日になりようやく気持ちも入り地に足をつけた戦いができるようになります。
とはいえ展開にも恵まれとてもツイていたのは間違いありませんでした。
第21期鳳凰位を三連覇という最高の形で終えることができた私は鳴り響く拍手の中静かに目を閉じました。
昨年までの優勝したときに私の頭をくしゃくしゃに撫で付けてくれていた安藤さんはもういないのです。
しかし安藤さんが近くで観ていてくれたような気がした私は優勝の報告そして感謝の気持ちを伝えました。

打ち上げでの話題はもっぱら安藤さんのことになります。
皆が思い思いの安藤さんを語ります。
そしてやはり私が優勝できたのは何か特別な力が働いたということなのでしょう。
『まだまだ安藤さんに教わりたいことがたくさんあった。しかしこれからは自分1人でやっていかなければいけない。
そしてこれまで安藤さんに教わった色々な事を後進に伝えていかなければならない。』
私は決意を新たにするのでした。

そしてこの頃私生活では大変お世話になり安藤さんとの思い出がたくさん詰まった河野邸を出ています。
昨年あたりから付き合い始めた女性と新しい生活を始めるためでした。
タイミングが合わず安藤さんにきちんと紹介できかったことだけが少し悔やまれます。
門前仲町に部屋を借り、はじめは何もなかった部屋に少しづつ生活必需品を2人で揃えていくのは今思えばとても楽しく懐かしい思い出です。
彼女とはたまにケンカもありましたが、私の麻雀の仕事にも理解がありそして誰よりも私のことを応援してくれていました。
こうして私は私生活も競技麻雀選手としても充実した日々を送っていました。
しかしながらこの時は比較的高レートと言われる麻雀店に勤務していたため経済的にも精神的にも安定した生活とは程遠いものでした。
ですが彼女が陰になり日向になりと支えてくれたおかげで何とかやってこれたと思っています。
彼女には今でもとても感謝しています。

こうして私は前人未到の鳳凰位四連覇へ向けて、また1年準備を進めていくことになります。

第17回連載へ続く...

COLUMN

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