一般社団法人 グローカル政策研究所

阿部孝則の『寡黙な麻雀王者』

第9回連載

私が河野邸でお世話になるようになるとそこに安藤さんが頻繁に現れるようになります。
安藤さんのご自宅はそこからそう遠くはないのですが、よほど私達のことを気にかけてくださっていたのか、ご自宅には帰らずにこちらに寄っていかれることが多くなりました。
夜の早い時間であればお店で飲むこともありましたが大概はコンビニでお酒とおつまみを大量に買い込み明け方まで麻雀のこと麻雀界のこと将来のことなどを話してくださいました。
そういう環境にいた私達は麻雀のスキル向上はもちろんですが、精神面においてもかなり良好な状態だったように思います。

河野高志十段位誕生の夜も最終的には河野邸で皆が集まり祝杯をあげることになります。
友人でありライバルの活躍が気にならないと言えば嘘になります。
私も鳳凰戦でまず決定戦に進まなければなりません。
そのためにはA1リーグ12人中の3位内に入らなくてはなりません。
去年はあと少しのところで決定戦進出を逃しています。
しかし今年は違いました。
去年の経験も大きかったと思いますが通年を通して安定した戦い方ができた私はついに鳳凰位決定戦に駒を進めることになるのです。
安藤さん河野さんなどからたくさんの激励を頂きながら飲む酒はまた格別です。
またこの頃からお付き合いをしている女性がいました。
彼女の存在も大きかったことは言うまでもありません。

鳳凰位決定戦を3週間後に控えた今日は去年新設された日本プロ麻雀協会主催の第2回日本オープンの本戦に出場します。
こちらはプロ、アマ混合のタイトル戦で本戦は200名が参加するかなり大きなタイトル戦となっていました。
第1回の優勝者はRMUの代表で渋谷Abemasの多井隆晴です。
しかし波に乗るとはこういうことをいうのでしょう、私はこの第2回日本オープンの決勝戦にも進出を果たします。
どちらかと言えば獲りたいのはもちろん鳳凰位ですが日本オープンだって立派なG1タイトルです。
この2週間ほどで2回もチャンスがあったらどっちかは勝てそうだなという気持ちでいたことを覚えています。

日本オープン決勝当日
決勝戦は半荘5回戦で行われます。

この日は河野さんも私の後ろに張り付いて観戦してくれています。
放送対局のないこの時代は採譜者と観戦者がその周りを取り囲むといった状況で決勝戦が行われていました。
3回戦の途中あたりから安藤さんも応援に駆けつけてくれていたようですが、安藤さんは『俺が後ろで見ていると絶対負けるんだよ』などと言って近くでは観戦しようとはしません。
そして要所を丁寧にまとめた私は4回戦を終えトータルトップに立ちます。
残すは最終戦のみ。
その最終戦もリードに少し余裕があったため難なくオーラスの私の親番まできます。
後はこの局を流局させれば優勝というとこまで来ました。
トータル2位の石野さんが私を逆転するには役満しかありません。
オーラスになると河野さんは『役満条件なんでもう大丈夫です!』と言って遠まきに観戦していた安藤さんを自分が観戦していた席に座らせます。
するとなんと残り5巡のところでトータル2位の石野さんからリーチが入ります。
マジか⁈ここで役満入るのかよ⁈
相手の捨て牌からそれが積もり四暗刻だということは明白です。
ツモ!と言われた瞬間に私は逆転されてしまいます。
石野さんの指先に力が入ります。
後ろで観ている安藤さんと河野さんは気が気ではないようです。
しかし私は落ち着いていました。
やれることは全てやった、もしこれがツモられるようならそれは石野さんが強いというだけのことだ。
ですがほんの数巡のことがとてもとても長く感じられました。
石野さんの最終ツモの牌が静かに河に置かれそして私は手牌を伏せ流局します。
盛大な拍手とともにみんなからの握手攻めにあいます。
安藤さんと河野さんも自分のことのように喜んでくれています。
しかし直後というのは優勝したという実感はほぼなく、ただ終わったという感じでしかありませんでした。

そして祝勝会ではたくさんの方々にお祝いされ、特に第1回優勝の多井さんは『俺の方が兄貴だけどな!』などと言いながらも満足そうです。
今宵もとても長くなりそうです。
初のビッグタイトルを手にした私は勝利の美酒に酔いしれながらも2週間後に控える鳳凰位決定戦に向けて静かに闘志を燃やすのでした。

第10回連載へ続く...

COLUMN

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