一般社団法人 グローカル政策研究所

阿部孝則の『寡黙な麻雀王者』

第5回連載

十段位戦決勝戦1日目
十段位戦の決勝は2日間かけて行われます。
1日決着の大会などと違い比較的長期戦の戦いと言えます。
この十段位を獲得することができれば安藤さんはもちろん先輩の方々にも認めてもらえる。
またタイトルホルダーとなることで他の試合のシード権やゲストの仕事など色々な面でも優遇されます。
是が非でもこのチャンスをモノにしなくてはならない。
まだ放送対局のない時代のそれは対局者、採譜者、立会人、そして数名の見学者のみといった感じで行われていました。
立会人の合図と共に一礼をして対局が始まります。
私はかなり緊張しています。しかし対面の前原さんも明らかに手が震えています。
私はそれを見て気持ちがすごく楽になり緊張がほぐれたのを覚えています。
『前原さんのようなベテランでも決勝ともなれば緊張するのか』
この日私はとても調子がよく、1回戦、2回戦、3回戦…と少しずつではあるが着実にポイントを積み上げていきました。
こうして十段位戦決勝1日目が終了します。
私は2位の前原さんに70ポイント差をつけた首位に立っていました。
もちろん70ポイントの差は1半荘で逆転されることもあるくらいの差ではあります。
とはいえこの差は非常に有利、ここまで来たら負けられない。

決勝戦2日目は前原さんが本来の力を存分に発揮することになります。
落ち着き払い自信に満ち溢れた様子は1日目とはまるで別人のようです。
怒涛の和了を重ねてついに私はポイントで並ばれてしまいます。
おかしい⁈私は今日もプラスしているのに⁈しかしそれ以上に前原さんがプラスしているのだ。
こうなると勝負は前原さんとの一騎打ちとなります。
そして残り2回戦となったオーラス、私は前原さんを沈めトップ目です。
一度は追いつかれたがこのままこの半荘を終わることができれば最終戦を少しリードした状況で迎えられます。
しかし前原さんはこのオーラスでも怒涛のアガリを決めてきます。
その牌は打たないで欲しかった…という点棒の横移動はありましたがこれが麻雀なので仕方ない。
私はトップを逆転されついにトータルポイントでも前原さんに逆転を許してしまいます。
しかしまだ試合は終わったわけではありません、最終戦で私の条件は前原さんを沈めトップを取れば良いのです。そんなに難しいことではないはずでした。
しかし最終戦で前原さんを一度も上回ることなく私の十段位戦は終わりました。
準優勝と言えば聞こえは良いかも知れませんが麻雀の場合は優勝者以外は全て敗者と言われてしまいます。
勝ちたかったな…でも自分で思ってたよりやれてた気がするな、でもやっぱ勝たなきゃ意味ないよなぁ。
私は結果はともなわかったものの戦えたという手応えは感じていました。
悔しいけど仕方ない次がいつあるかわからないがその時までに今よりもっと強くならなければいけない!
方向性は間違っていないはずだ!

翌週、私は安藤さん他数名と京都に向かう新幹線の中にいました。
予定は3泊4日で大会ゲスト、フリーゲスト、観光を含めたかなり好条件のゲストを安藤さんが知り合いの雀荘オーナーに頼んで用意してくれたのです。
『初ゲストは新十段位として行かせてやりたかったな、まああの横移動がなければ阿部が勝ってただろうな』安藤さんに慰めとお褒めの言葉を頂きます。
ゲストの仕事は翌日からなので当然のように宴会が始まります。
京都に着く頃にはみんな出来上がっていました。
チェックインを済ませ荷物を置くと夕食までまだ時間があるので少し観光でもしようということになります。
京都の街をぶらぶらしながらまたもやお酒を買って鴨川のほとりにみんなで座り込みます。
『生きてるってこういうことだよなぁ…今日は命の洗濯だな』と安藤さん。
『はい!今回は本当に有難う御座います』
『いや阿部には命を助けられてるからな、本当にありがとう!』
『いえ当然のことをしただけです』
実は安藤さんはこの時の数年前に一度喉頭癌を患っていたのです。
最初大学病院で放射線と抗がん剤治療を受けていましたがお見舞いに行く度にみるみる痩せていきます。これにはさすがに私も相当まずい状況だとわかりました。
安藤さんとご家族はついに大学病院を出て当時まだ良く知られていない重粒子線治療をやっている病院に移る決意をします。
その治療の際に25歳以下の血液が必要ということで安藤さんにお願いされ月に1回横浜の病院に献血をしに行っていました。
半年から一年近くその病院に通ったでしょうか。
ある日安藤さんから『阿部!もう横浜の病院には行かなくていいぞ!癌は完全に消えたんだ!本当にありがとう!』と言われ私は涙が出そうになりました。
『おめでとうございます!本当に良かったです!!!』
本当に良かった!
こんなことがあったからこその『生きてるって…』の言葉だったのでしょう。
私にはとても深く響く言葉でした。
あたりはすっかり日も暮れそろそろ予約しているお店に行く時間になりました。
鴨川が見渡せる少し高級そうなその店でお世話になる雀荘オーナーからの接待を受けます。
豪勢な料理と旨い酒、他には何もいりません。
楽しい時間はすぐに過ぎお開きに。
ホテルまで送って頂きシャワーを浴びてすぐに就寝します。
明日ははじめての大会ゲストです。

翌日の大会会場は60卓はあろうかというほど巨大な雀荘でしかも地下鉄の駅に直結しているという好立地、東京ではまず考えられません。
そしてその卓全てをうめつくす参加者に圧倒されながら開会式へ。
ゲストプロが順に紹介され挨拶をしていきます。
人前での挨拶が極端に苦手な私は緊張のあまり何を話したのか覚えていませんが。
大会は滞りなく進み最後の表彰式へ。
私は6位入賞を果たし賞金を頂きます。
最後に優勝の一般の方が表彰されオーナーの閉会の挨拶で無事大会は終了。
この日もゲストプロのための宴席は用意されています。
すごいな、これは安藤さんだからこそオーナーもここまでしてくれるのだろう。
安藤さんの偉大さを感じながらこの日も夜はふけていくのでした。

第6回連載へ続く...

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