一般社団法人 グローカル政策研究所

阿部孝則の『寡黙な麻雀王者』

第4回連載

B1リーグに昇級して更に上のリーグへの昇級を目指していた私達ですが思うようにいかず数年が過ぎることになります。
私達が入会してから5年ほど経ったある日のことでした。
小川さんから話があると呼び出されます。
普段は明るく冗談ばかり言っていて軽いノリのイメージがある小川さんですが、この時ばかりは思いつめた表情をしていました。
『いや、あのさ…俺競技プロ辞めようと思うんだよね…。』と切り出します。
『…!なんで⁈』と私。
『やっぱこれで食ってくのは厳しいと思うんだよね…』
『確かにそうかも知れないけど、でも俺たちはまだ始まったばかりじゃん!そんな弱気なこと言わずに一緒にA1目指して頑張ろうぜ‼︎』
『いやぁ…』と困った表情の小川さん。
彼なりに散々悩み考え、そしてその胸の内を私に打ち明けてくれたのだと思いました。
言葉には力がなくどこかにまだ諦めきれない気持ちがあるようなそんな複雑で寂しげな表情をしていました。
『安藤さんにはまだ言ってないんだろ?』
『ああ…』
『もうちょっと考えてみたら?』
少しの沈黙のあと小川さんは
『やっぱキッパリ諦めるよ!今まで色々ありがとう!阿部ちゃんは俺の分まで頑張ってよ!応援しているからさ‼︎』
私は彼にかける言葉が見当たりませんでした。
『またいつかで遊ぼうぜ!じゃ!』
と小川さんは足早に去っていき私も複雑な気持ちのままその場からふらふらと歩きだしていました。

帰宅しベッドに仰向けに寝転がり天井をみていると色々な事が頭の中を駆け巡りました。
そうだよな、現実を見据えることも大事だよな…あと10年経っても20年経っても芽が出ないかも知れない。
でも……。
それでもやっぱり俺は諦めたくない!まだ道の途中なのだから。
気持ちを新たにそして自分自身に言い聞かせるようにまたいつもの日常に戻っていくのでした。

通常のリーグ戦とは別に連盟が主催するタイトル戦の1つに新鋭リーグというのがありました。
文字通りA2以下に所属する選手のみが出場できるリーグ戦形式のタイトル戦で、有名どころのA1選手がいない分若手にもチャンスが充分にあるタイトル戦となっていました。
とは言えA2に所属する選手の中にも次期A1選手と言われるほどの実力者は多く、そう簡単なものではありません。
私が参戦していた当時は現在のMリーグKADOKAWAサクラナイツの沢崎誠さんや解説でお馴染みの土田浩翔さんらに胸を借りるような状況での対局でした。
リーグ戦では対戦することのない先輩プロ達と対戦できるとあって、自分の実力を試せるこの上ないチャンスでもありました。
しかし参戦してから何年かは先輩の方々に全く歯が立たず成績はパッとしないものでした。
やはり何かが足りない。
今思えば総合力的に勿論未熟ではあったであろう。
が、それ以外にも決定的な何かが足りない。
そんな時先輩にも『阿部は上手いんだけどなぁ…なんかこう勝負弱いというか怖さがないんだよなぁ』
などと言われていました。
どうすれば相手にもっと強いとか怖い印象を与えられる?どうすれば?
そんなことを試行錯誤しながら麻雀に打ち込む毎日。
時は流れ何期目の参加だったでしょうか。
私はこの新鋭リーグでなんと優勝することができたのです。
強い先輩方がA1に昇級し新鋭リーグを卒業しいなかったというラッキーはありましたが、小さいながらもこれが私の初タイトルとなったのです。
更に本場所のリーグ戦も遂にA2まで昇級することができたのです。
ここまでくるだけで随分時間がかかってしまったなぁ。まぁ自分の能力からすれば妥当なところか?むしろ出来過ぎまであるかも知れない
この頃プライベートでは5年ほどお付き合いしていた歳上の女性と入籍をしています。
彼女は私の事を理解しサポートし応援してくれていました。
今思えばまだ大人になりきれず甘ちゃんの私を陰で支えてくれた彼女には感謝の言葉しかありません。
ただひたすら麻雀に打ち込む環境は整っていたと言えるのでなかったでしょうか。

さらに数年の月日は流れ自分では大した成長も感じられなかった私ではあるものの、十段位戦の決勝戦に駒を進めることになります。
これはリーグ戦形式で行われる鳳凰位戦に対しトーナメント形式で行われる連盟主催のタイトル戦です。
リーグ戦の頂点である鳳凰位と並び称される十段位は連盟主催の二大タイトルです。
決勝戦までの道のりは長く厳しかったもの初のビックタイトルの決勝戦に勝ち進むことが出来たのです。
それを聞きつけた安藤さんから電話が入ります。
『決勝残ったんだってな!良かったな!今◯◯にいるからすぐに来い!』
いつものように召集命令があり喜び勇んで安藤さんの元へかけつけます。
『お疲れ様です!』席に着くと安藤さんと先輩プロの方々がすでに飲み始めて盛り上がっています。
『おう、良くやった!まずは飲め!』
などと安藤さんや先輩プロの方々にお褒めの言葉を戴きながら乾杯をし冷えたビールを流し込みます。
『ぷはーっっ』いつもにも増してビールが旨い!
まだ優勝したわけでもないのですが、ビックタイトルの決勝戦に勝ち上がることがどれほど大変なことなのか噛み締めながら数日後に控えた決勝戦を前に緊張と興奮を抑えきれませんでした。
『前原と土田もいるのか、まぁ手強いから簡単にはいかないだろうな。だがお前もかなり成長している、いつも通りの麻雀を打てば良い』と安藤さんに言われます。
自分が強くなっている成長している実感があまりなかった私は耳を疑います。
『そうだな、自分では実感はないだろう?でも阿部は確実に力を付けてきている!自信を持て!』と私の肩を叩き葉っぱをかけてくれる安藤さん。
夜は長く宴は続きます。
『明日は仕事は休みか?なら今日は付き合え!』と、これもいつものことです。
何軒目だか分からないくらい飲みあかし空が白みがかった頃には2人きりになっていました。
『もう一軒だけ行くか!』
『はい!』
元々お酒があまり強くなかった私はかなり酔いがまわり足元もおぼつかないような状況ですが『はい』以外の返事ができるわけもありません。
最後は安藤さん行きつけの地元のスナックへ。
カラオケ散々歌って一息つくと、安藤さんが
『はじめはお前をプロの世界に誘うのを迷っていたんだ、小川はセンスが良かったし光るものがあったから大丈夫だと思ったが阿部はどうだ?ってね。俺らの世界に引き込んでしまったらこの子は将来を棒に振るかも知れない、そう思っていたんだ。』
そういうことだったのか。
『しかしその小川は辞めてしまったが阿部は残りここまで上がってきた、A1もすぐ目の前だ。まぁわからないものだな。よし、そろそろ行くか!』
外へ出るとすっかり夜は明けていました。眩しいほど照りつける太陽を見上げながら心地良い疲労感と決勝戦に向けての決意と共に家路につくのでした。

次回決勝戦に続く。

 

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