一般社団法人 グローカル政策研究所

阿部孝則の『寡黙な麻雀王者』

第2回連載

やがて私がこの雀荘の常連客になるには然程の時間は要しませんでした。
仕事帰りに雀荘に行き明け方まで打っては少し仮眠をとって仕事に行く。
今考えれば恐ろしい生活ですが若かったということなんでしょう。
相変わらず安藤プロに勝負は挑んでいましたが当然トータルで勝てるはずもありません。
それでも同卓できれば物腰柔らかく優しい語り口の安藤プロのトークはとても面白く、そして普段では味わえないような高揚感をもって挑んでいました。
麻雀プロってすごいんだな!
俺も安藤プロみたいに強くなりたい!といつしか思うようになっていました。
そうなるとご想像通り私は美容室を辞め再び雀荘で働くことになります。
この雀荘のオーナーやスタッフ、他の常連さんそして安藤プロともすっかり仲良くなっていた私はすぐに皆さんに可愛がってもらえるようになります。
ある日仕事終わりに安藤プロに『ちょっと飲みに行くか?』と誘われた時は『良いんですか⁈ありがとうございます‼︎』と心の中でガッツポーズをしていました。

雀荘近くの居酒屋
未成年の私は烏龍茶、安藤プロは日本酒がお好きなよう。
お疲れ様です!と乾杯しつまみを何品か頼みます。
『あの局のことを覚えてるか?』と安藤プロ。
『あれは確か南2局南家の先制リーチに東家が追っかけリーチをした局ですね?』と私。
『そうだ、東家にツモられると思わなかったか?』と安藤プロ。
安藤プロの言ってる事がさっぱり分からない私は『えええ⁈なんでツモられるって分かるんですか⁈』
安藤プロは少し笑みを浮かべ『そんなことも分からないで麻雀なんか打てないだろう?』
『あ!でもそれで安藤さんはあの時チーしたんですか?』と私。
『そうデキメンツをチーしてずらした』
『なるほど!本来東家のツモる牌が南家に流れ2400点の放銃でしたが東家がツモれば三暗刻がついて4000オールでした⁈』
『えええ⁈⁈⁈』となる私に『まぁ阿部にはまだ早いかも知れないな』と安藤プロ
続けて『でも次のアガリ番が誰なのかは常に考えながら打つと良い、そうすれば色々と見えてくるんじゃないか?』
麻雀プロってそんなことを考えてるのか⁈
というかこの人は超能力者なのか⁈本当にそんなこと予測できるものなのか⁈
その後も麻雀の話は尽きることなくかなりお酒も進んできた頃そろそろ行くか!と居酒屋を後に雀荘の寮に場所を変えます。
当時の雀荘といえばスタッフのための寮を完備してるのが当たり前で私も他のスタッフ2名と共同生活をしていました。
1人一部屋割り当てられていたので寮生活はすこぶる快適です。
金曜日と土曜日は安藤プロが連勤でゲストの日なので遠方から通われている安藤プロもこの寮に泊まることが少なくなかったのです。
コンビニで買ってきたお酒とおつまみで二次会が始まります。
当時38歳だった安藤プロは自身の目標や夢を語り始めます。
麻雀界のために麻雀ファンの裾野を広げ麻雀ブームを作ること、そのために競技麻雀プロが目指すべきこと、そしてタイトル戦で圧倒的な結果を残し競技者として麻雀界のトップに君臨すること。
それらを語る安藤プロの姿は19歳の少年にはあまりにも魅力的な大人の姿に写りました。
こんな大人がいるのか‼︎

またある日の出来事、スタッフの中に前の雀荘で先輩スタッフだった小川さんがいました。
彼は私より1歳年上でしたが同世代ということもありその時から未経験者の私に優しく指導してくれたり食事に行ったり遊んだりととても仲良くしてもらっていました。
しかし彼は麻雀のセンスが良く常に勝ち組でしたが一方の私は常に負け組でした。
ある日いつものように仕事終わりに近くのビリヤード場で遊んでいた時彼に『あのさぁ俺…安藤さんにプロにならないか?って言われたんだけど、どう思う?』と聞かれました。
私は一瞬絶句しましたが確かに小川さんは強いし安藤プロが認めるのも納得です。
私は『すげーじゃん!絶対やるべきだよ!すげーよ!すげーよ!』と興奮気味に言いました。
しかし小川さんは麻雀プロとして食っていくのは難しいのではないかと言います。
確かに現実は厳しいかも知れない。
1つしか歳が変わらないのに小川さんシビアに現実を考えているんだな。
夢物語にほいほい飛びつくわけじゃないんだ。
彼のしっかりした一面に感心する一方私にはそういう話はないという現実に何とも言えない気持ちになりました。

彼がプロ試験を受けるという話はすぐさまお店で話題となりました。
プロ試験は半年後です。
その日が近づくにつれ私も受験したいと強く思うようになりました。
しかし小心者の私は安藤プロに『僕にもプロ試験を受けさせて下さい!』と言い出せなかったのです。
しかしそんな心中も安藤プロにはお見通しでした。
試験1ヶ月前のある日、安藤プロに飯食いに行くぞと誘われ居酒屋で飲んでいた時『阿部お前も試験受けてみるか?』と安藤プロから言われたのです。
私は『ハイ‼︎』と即答していました。
『だが少なくとも10年は冷飯食いだぞ?それでもできるか?』と安藤プロ。
『ハイ!頑張ります‼︎』と私。
その日は雀荘の寮に帰ってきてからも安藤プロから競技プロと麻雀界はこうあるべきだ、そして俺はそれを実現させる。
だからお前もしっかり実力をつけて早く上に上がって来い!というようなことを言われました。
すっかり明るくなった頃安藤プロは『阿部!もう8時じゃないか!10時から仕事だろ?いつまでも飲んでないでさっさと寝ろ!』などと言って寝てしまいました。
私は1時間ほど仮眠をとり二日酔いのまま出勤するのです。

こうしてプロ試験を小川さんと共に受験し私達は見事合格、日本プロ麻雀連盟の第5期生として競技麻雀プロとしてスタートすることになるのです。
阿部孝則20歳の春のことでした。

第3回連載へ続く...

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