一般社団法人 グローカル政策研究所

町田徹 21世紀のエピグラム

「日本製鉄の米社買収にダメ出しした」
バイデン米政権の危うさとは?

 社運をかけた日本製鉄のUSスチール買収が難しくなった。
 全国紙はほとんど報じなかったが、対米外国投資委員会(CFIUS)の委員長を兼ねる、米国のイエレン財務長官が4月16日の記者会見で、買収に難色を示してきたバイデン大統領の発言を支持する形で、「大統領見解を受け入れている」と発言。異例だが、CFIUSの審査結果を待たずに日本製鉄に事実上のダメを出したからである。
 背景にあるのは、バイデン大統領が今年11月に迫った米国の大統領選挙で苦戦しており、有力支持団体の一つである全米鉄鋼労働組合(UAW)のご機嫌を損ねるわけにはいかないという事情だ。
 しかし、この事態は、「脱・日本、脱・高炉」という日本製鉄の生き残り策を座礁させるだけでなく、先の日米首脳会談で確認したはずの経済と経済安全保障の両面での日米両国の連携強化の脆さを早くもさらけ出したものとして重く受け止める必要があるのではないだろうか。

 先の日米首脳会談は、国賓待遇で招かれた岸田総理がバイデン大統領との間で、4月10日に行われたばかりのものだ。その成果をまとめた共同声明は、「防衛・安全保障」だけでなく、「宇宙の開拓」「イノベーション・経済安全保障・気候変動対策」「(同士国との連携強化を狙う)グローバルな外交・連携」など幅広く多様な分野で日米両国が協力を深めていくことが謳われた。 
このうちの「イノベーション、経済安全保障及び気候変動対策の主導」とのタイトルがついた経済面での協力では、セクションの冒頭で、双方向の巨額投資の存在と意義が強調されていた。「日本は 8000 億ドル近くを誇る最大の対米投資国で、日本企業は全米で 100 万人近い米国人を雇用している」一方、米国も「最大級の対日投資国として日本の成長を支えている」といった具合だったのである。
 共同宣言は、続けて、「マイクロソフト社の日本における29 億ドルの投資や、トヨタ自動車のノースカロライナ州への累計 139 億ドルの投資などを歓迎する」と紹介したうえで、新たな分野の新たな産業を育成するため「双方のスタートアップ環境及び企業に対する投資を加速する」とも謳い上げた。言い換えれば、引き続き、民間企業による双方向の直接投資を促していくことを改めて確認したはずだったのだ。

 日本政府はショックを隠せない。林芳正官房長官は4月18日の記者会見で、バイデン米大統領が前日、「1世紀以上にわたり米国の象徴であり続けた企業は、これからもそのままであるべきだ」など従来の主張を繰り返したことなどに関する見解を問われて、「個別の企業の経営に関する事案についてのコメントは差し控えたい」と直接の回答を避けた。
 日米首脳会談の共同声明を踏まえた発言だろうが、林長官は、かろうじて、間接的に「日米相互の投資の拡大を含めた経済関係の一層の強化、インド太平洋地域の持続的・包摂的な経済成長の実現、経済安全保障分野における協力などは互いにとって不可欠だ」と恨み節を述べることしかできなかったのだ。今後も、この問題では、政府が日本製鉄を強力に援護射撃することを期待できそうにない。

 それにしても、バイデン政権はいったい何を考えて、こうした卓袱台返しをしたのだろうか。
 端的に言えば、中国との経済面でのデカップリング政策を遂行するために日米間の連携を押し通すよりも、11月の大統領選挙で勝利を挙げることの方が、バイデン大統領にとって優先する課題だということなのである。
 大統領選の最新情勢を見ても、トランプ前大統領が全体の行方を左右する激戦区7州で選挙戦をやや優勢に進めている。
 USスチールが本社や主要工場を置くペンシルベニア州やミシガン州は、まさに、こうした激戦区7州に位置しており、USWの離反はバイデン大統領の敗北に直結しかねない。前々回(2016年)の大統領選ではこれらの激戦区の労働者票がトランプ前大統領に流れ、民主党のヒラリー候補が敗れた前例もある。

 とはいえ、問題は選挙戦にとどまらず、今後も日米協調や日米間の自由な投資・通商環境の維持・拡大という原則に危うさが付き纏うことが明確になった。このことは、深刻に受け止めざるを得ない。
 トランプ政権ほどではないとはいえ、バイデン政権も「米国第一主義」に引きずられ易い政権であることが改めて明らかになった側面は重要だ。
 振り返れば、先の日米首脳会談前は、バイデン政権は何度も自由主義をないがしろにし、保護主義的な振る舞いを繰り返してきた。トランプ氏が離脱した環太平洋経済連携協定(TPP)への復帰を拒み続け、関税引き下げを含まないインド太平洋経済枠組み(IPEF)に傾注してきた。加えて、米自動車メーカーの経営を危うくしかねない全米自動車労組(UAW)の強引な賃上げ要求支持したこともある。

 日本は、バイデン政権の保護主義に抗えい切れない体質を、今一度、肝に銘じておくべきだろう。
 外交・安全保障を含めて、中国やロシア、北朝鮮といった権威主義国に独力で対峙していく力はなく、日米協調は基軸に据えざるを得ない。とはいえ、米国に梯子を外された時に備えるプランB作りも重要である。

2024年4月22日

COLUMN

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