一般社団法人 グローカル政策研究所

町田徹 21世紀のエピグラム

AI規制、ガイドラインでは不十分。
拘束力のある立法化が必要だ!

 政府は近く、人工知能(AI)事業者が守るべきポイントを網羅した「AI事業者ガイドライン」を正式に公表する見通しだ。
 これは昨年5月の広島サミットが設置した「広島AIプロセス」が「高度なAIシステムを開発する組織向けの広島プロセス国際指針」をとりまとめ、その中で、各国政府がそれぞれ「永続的かつ、(又は)詳細なガバナンスと規制のアプローチを策定する」ことを共通の了解事項として打ち出したのを受けた措置だ。
 ただ、岸田政権の対応は、米国が昨年10月に大統領令で、欧州連合(EU)の欧州議会が世界初の網羅的なAI規制法を可決して対応したことなどと比べて、あまりにも法的拘束力を欠いている。「お茶を濁した」だけの対応と見なさざるを得ない。
 ここは、AIに付き物のディープ・フェイクなどのリスクを抑えるためにも、現時点で圧倒的な競争力を誇る米国勢の傍若無人な振る舞いを抑えるためにも、米欧に見劣りしない日本ならではの法制化を急ぐべきである。

 今年2月19日にパブリックコメントの募集を終えており、近く原案どり決定される見込みの政府の「AI事業者ガイドライン」は、経済協力開発機構(OECD)がこれまでにまとめたリサーチの論点や、総務、経済産業両省が過去にまとめたガイドラインを統合する形で策定したものだ。
 具体的なポイントは、企業や大学、政府機関を念頭に、AI事業者を、基本のシステムを開発する「開発者」、AIを組み込んで自社のサービスを提供する「提供者」、そして、実際の事業などでAIを利用する「利用者」の3者に分けて、ガイドラインとして順守すべき項目を整理したものである。
 このうち3者に共通するガイドラインは、大別して10項目が示されている。この中では、まず理念としては、EUがAI規制法で掲げた「(AIではなく)人間が中心である」ことを似たような表現で明記した。
 次いで、事業者による対策や文書などでの情報開示が必要なものとして、「安全性の確保」「公平性の確保」「プライバシーの確保」「セキョリティの確保」「透明性の確保」「アカウンタビリティの確保」を列挙。
 加えて、課題として、「教育・リテラシーでの活用」「公正競争の確保」「今後のイノベーションへの対応」の3項目を掲げて、これらについては、1回限りではなく、今後の状況の変化を踏まえて継続的に新たな対応が必要になる可能性があると注意喚起した。

 これら10項目は、単に、現下の生成AIが抱える対応の必要なポイントの例示と見れば、違和感を持つ人は少ないだろう。概ね過不足なく、論点を網羅していると言える内容だ。
 だが、実効性を考えると、事業者向けのガイドラインということでは、網羅すべき関係者の対象も、対象にした問題点の抑制に必要な拘束力も不足だろう。
 例えば、「安全性の確保」では、ディープ・フェイクで作成した動画や写真、音声などを流布して、選挙などをかく乱する、反動分子やテロリスト、外国政府などは「事業者」であるとは考えにくく、実態として規制がしり抜けになるとみられる。
 また、「公平性の確保」「プライバシーの確保」「セキョリティの確保」「透明性の確保」「アカウンタビリティの確保」などについても、罰則規定がないガイドラインでは、各事業者がどこまで真摯に対応するか首を傾げずにいられない。

 このガイドライン案へのパブリックコメントに応じた米グーグルは、「過度な法令による規制は、AI活用やイノベーションを阻害する」として厳格なハードロー化に反対する姿勢を露わにした。日本政府による拘束力の乏しいガイドライン方式ならば賛成だという理屈である。
 しかし、そんなコメントを鵜呑みにしているようでは、最初から、10項目の順守は「風前の灯」だ。グーグルが長年、日本でビジネスを展開しながら、政府窓口になる部署を日本に置かず、「担当者がいない」などと言い張り、日本の規制から逃れてきた同社の対応を今こそ再考してみるべきだろう。

 他方、EUの対応は、すべてのAIをリスクに応じて4分類し、人権を脅かしたり、子どもの弱みにつけ込んだりするものを「最も危険なもの」として、AI利用を「容認できない」とした。このほか、企業の採用活動や教育分野での利用などをリスクが「高い」ものとし、問題防止のために様々な対応が必要になるとした。そのうえで、違反した企業・団体に対する厳格な罰則も設けた。最大「3500万ユーロ(約56億円)」か「年間売上高の7%」の高額な方を制裁金として科すことにしたのだ。

 レッセフェールが多く、伝統的に企業の経済活動に対する規制を設けたがらない米国でも、AI規制に関しては、バイデン大統領が昨年10月末に、米国内では法律と同等の効果を持つ大統領令に署名した。こちらの最大の特色は、ディープ・フェイクなど生成AI固有のリスクを軽減するため、大統領権限で米国内の経済活動を統制できる「国防生産法」に関連付けて、高度なAIを開発する企業には、そのAIの公開前に米政府の安全性テストを受けることや、その開発情報などの政府との共有することを義務付けた点にある。

 岸田政権では、「教育・リテラシーでの活用」「公正競争の確保」「今後のイノベーションへの対応」の3項目、つまり、今後の状況の変化を踏まえて機動的に対応を見直すべき分野が残る以上、AI規制の立法化はそぐわないと主張しているという。しかし、AIは米欧があえて必要性を認めて立法化に踏み切った懸案だ。
 詭弁のようなことを言って法制化を怠れば、日本や日本国民に対するリスクが現実のものになりかねない。
 この問題では、規制だけでなく、包括的な振興策を含めたAI基本法の立法化を急ぐべきだろう。

2024年4月1日

COLUMN

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