一般社団法人 グローカル政策研究所

町田徹 21世紀のエピグラム

再選したら中国に60%の追加関税?
米紙が報じたというトランプ関税の悪夢。

 今週日曜日(1月28日)、日本経済新聞と共同通信がそれぞれ、米紙ワシントンポストが前日付けで伝えた記事だと前置きしたうえで、米国大統領へのカムバックを目指しているトランプ前大統領が再選を果たしたら、中国からの輸入品に対して一律60%の関税を課すことを検討していると報じた。
 歴史的にみても、60%という高い関税率の適用はほとんど例がないはずだ。事実ならば、中国側が対抗措置に出ることも予想される。米中2国間の通商や貿易の問題にとどまらず、世界経済にも大きな影響を及ぼしかねないと懸念せざるを得ない。

 筆者は本稿の執筆にあたって、原典であるワシントンポストの記事を読んでみたいと思い、同紙電子版を検索してみたものの、既に削除されたのか。当該記事を確認することができなかった。
 やむを得ないので、本稿は日本経済新聞と共同通信が転電した記事をベースに記すことにする。ちなみに、共同通信の記事は数多くの地方紙にも転電されていた。

 これらの記事によると、トランプ氏の新たな関税措置は、国内産業の保護と、政府の税収増を目的としているという。
 繰り返すが、事実だとすれば、憂慮せざるを得ないニュースである。

 歴史的な高関税の事例として、まず、我々の脳裏に浮かぶのは、大恐慌に苦しんでいた米国議会が1930年に成立させたスムート・ホーリー関税法に基づいて関税を平均40%程度に引き上げることを迫り、当時のフーバー大統領がこれを追認したケースだろう。
これに対し、諸外国は一斉に対抗措置を採り、主要国の間でブロック経済がまん延した。このため、世界貿易は急速に縮小、折からの大恐慌を一段と悪化させる結果を招いた。資源小国だったドイツや日本が第2次世界大戦の戦端を開く事態に繋がったことは、歴史的な事実としてよく知られているケースだ。

 その後、大規模な高関税政策を採った例として記憶に新しいのは、1期目のトランプ政権の施策だ。同政権は2018年3月、日本や欧州連合(EU)といった同盟国も含めて、鉄鋼製品に25%、アルミニウム製品に10%の関税を幅広く賦課した。
 このケースは、EUがオートバイやバーボンウイスキーを含む200品目に及ぶ米国からの輸入品に対し、最大で25%の追加関税を課すなど、多くの国が報復措置に出た。
 当時は、米国が前年末に大型減税の実施を決めており、幸い、景気後退といった影響は避けられた。
 そうした中で、輸入鉄鋼製品やアルミニウム製品を原料に使う米国企業から、製造コストを上昇させて消費者の負担を増すという理由で、自社が輸入している製品を賦課関税措置の対象から外す要求が相次ぎ、事態は次第に鎮静化した。

 ただ、トランプ政権が中国だけを対象に2018年7月にスタートした措置は、知的財産権の侵害に対する制裁という名目を掲げ、苛烈なものとなった。当初500億ドル分の中国製品に25%の関税をかける形で始まり、翌年9月まで3回にわたって対象品目や関税率の引き上げが繰り返されたのである。そして、一部を除いて、こうした関税措置はバイデン政権の登場まで継続することになった。
 当然、中国も大きなダメージを受けたが、中国の報復措置により、米国の農産物や工業製品の対中輸出が減って米国側も大きな影響を受けただけでなく、世界的なサプライチェーンへの信頼性を揺るがしたことの衝撃的だった。

 当時、取り沙汰された問題で耳を疑う話だったのは、上乗せした関税負担は、輸入して原料などに使う米企業のコスト押し上げ要因であり、米国の消費者の負担拡大に繋がることが珍しくないものであるにもかかわらず、トランプ氏がこうした負担を中国側が追っていると誤解しているとしか理解できない発言を繰り返していたことだ。大統領としての資質に疑問符を付けずにはいられない物言いだった。
 今なお、トランプ氏が同じ誤解を続けているのかどうかは定かではない。が、それでも、トランプ氏の岩盤支持層とされる人たちの多くは、実害を蒙るのが自分たちだという認識に乏しいのだろう。単純に、日頃、雇用を奪う相手とみなしている、中国叩きを喝采してしまう人が少なくないとみられている。

 しかし、60%の高関税が経済や貿易に与えるマイナスの影響は計り知れない。
 加えて、これ以外にも、これまでの選挙戦で、トランプ氏が中国に対する最恵国待遇を撤廃するとか、日本やEUからの輸入品に対しても「一律10%」程度の追加関税を課すと表明している問題も気掛かりだ。

 ここは、共和党の大統領候補で予備選を闘い続けている元国連大使のヘイリー氏や、民主党候補に選ばれることが確実な現職大統領のバイデン氏らに選挙戦を通じて、トランプ氏の主張の危うさを分かり易く指摘して、米国の有権者の熟考を促してほしいものである。

2024年1月29日

COLUMN

町田徹 21世紀のエピグラム 一覧