一般社団法人 グローカル政策研究所

町田徹 21世紀のエピグラム

台湾の総統選挙が抱えるリスク
中国の”威嚇“がエスカレートしかねない!

 極東地域の向こう5~10年程度の経済、外交、安全保障情勢の行方に大きな影響を及ぼしかねない台湾の総統と立法委員(国会議員)の選挙の投開票が今週土曜日(1月13日)に迫ってきた。
 この選挙の結果は、台湾の武力統一も辞さない構えを見せてきた習近平国家主席が率いる中国の対台湾政策に影響を与えかねない。台湾海峡の軍事・安全保障面での緊張を高めない要素を含んでいるのだ。
 我々日本人にとっても無関心ではいられない選挙でもあるので、この2つの選挙の投票直前の状況とこれらが抱えるリスクについて考えてみたい。

 昨年末までの複数の世論調査によると、選挙戦を有利に進めているのは、与党・民進党の副総統である頼清徳氏だ。頼氏は、現総統の蔡英文氏(民進党)の後継者である。
 支持率をみると、2番手の候友宣・新北市長(国民党)や3番手につける柯文哲・台湾民衆党主席らに、それぞれ3~10ポイントあまりの差をつけている。この背景として大きいのは、2大野党が候補者の一本化に失敗したことである。

 そうは言っても、どこの国でも「選挙は水物」だ。今回の台湾の選挙でかく乱要因とされているのは、これまで政治に無関心だった若年層が、過去8年間の民進党政権下で生活が向上しなかったことに不満を強めているとされる点である。こうした有権者が投票所に足を向ければ、頼氏の勝利が揺らぐ可能性があるとみられている。
 また、総統選と同時に行われる立法委員(国会議員)選挙で民進党が引き続き過半数を維持できるかも微妙な情勢だ。つまり、立法議員選の行方次第で、頼氏が蔡体制ほど盤石な形で政権を継承できるか疑問視する向きもあるわけだ。

 一方、通常の選挙ならば、与党の勝利は安定を意味することが多いが、皮肉なことに、今回の台湾の選挙に限っては、与党・頼氏が順当に勝利を収めるケースの方が、他の2人に頼氏が敗北するケースよりも、極東地域にとって大きなリスク要因とみなさざるを得ない。
 というのは、台湾を中国の一部とみなし、台湾統一のためには軍事力の行使も辞さないとしている習近平・中国のリアクションが懸念されるからである。
 厄介なことに、頼氏が勝利を収めれば、習近平中国がいら立ちを強めて、これまで以上に台湾海峡の軍事・前々保障面での緊張を高める挙に出て、偶発的な衝突が起きるリスクが大きく膨らみかねない。

 このところ、台湾の選挙をにらんで、中国がなりふり構わぬ形で台湾に対する”威嚇“をエスカレートさせてきたことは、そうしたリスクを裏付ける証左である。
 例えば、台湾の選挙がほぼ3週間後に迫った昨年12月21日のタイミングで、中国は、繊維原料などの台湾からの輸入品について今年の元旦から優遇措置を廃止する方針を打ち出した。その一方で、中国との関係を重視してきた台湾の国民党から要望があったとして、高級魚ハタの輸入を再開するなど、通商を武器に利用してみせた。
 また、ここに来て、中国の気球の台湾への飛来が相次いでいる。2024年の年明けからのわずか5日間に、合計で12機もの気球が台湾周辺に飛来。このうちの6機は、露骨に台湾本島上空を通過したという。
 中国は台湾周辺での軍用機や艦艇の示威活動も積極化している。
 極め付きは、選挙戦に絡んだ数多くのフェイクニュースの発信が確認されていることだ。民進党の勢いを削ぐことに、習近平・中国は腐心していたのだ。

 こうした露骨な”威嚇“は、台湾の反感を買うだけで、中国の意図とは逆に頼氏や民進党にとって追い風になることが容易に理解できたはずである。それにもかかわらず、習氏率いる中国の統治機構は、力を誇示して”威嚇“をエスカレートせずにはいられない体質を抱えていることは明らかだ。
 こうした行動パターンの裏には、中国国内の不動産不況などに端を発した経済不振が深刻で、回復が遅れていることへの国民の不満の眼を国外にそらしたいという思惑があるとの見方も少なくない。

 頼氏自身は、露骨に、台湾の独立を志向しているわけではない。中国による一方的な統一を拒んで、現状を維持するというスタンスが基本である。
 しかし、習近平・中国の眼には、頼氏と民進党が中国からの独立を目指す過激な勢力と映っているようだ。

 こう見てくると、頼氏と民進党が今回の選挙で勝利すれば、中国が”威嚇“をエスカレートするリスクは限りなく高いことも明白だ。
 懸念せざるを得ないのは、そうした”威嚇“が台湾海峡などでの偶発的な戦闘行為を誘発するリスクを高めることである。
 加えて、台湾情勢の緊張の高まりは、米国のバイデン政権の対中姿勢を硬化させるリスクも付き纏う。現状は、半導体や通信など限られた分野での中国への技術流出に抑えようというスタンスだが、より本格的なデカップリング(分断)を目指す姿勢に転換しかねないのだ。
 そうなれば、例え軍事衝突などが起きなくても、日本企業が中国向け輸出の削減を求められ、外需が大きく落ち込むリスクが存在する。

2024年1月9日

COLUMN

町田徹 21世紀のエピグラム 一覧