一般社団法人 グローカル政策研究所

町田徹 21世紀のエピグラム

「反スパイ法」は中国経済の首を絞める!

 中国が10月19日付で、今年3月から拘束してきた日本人男性(アステラス製薬の現地法人幹部。50歳代)をスパイ容疑で正式に逮捕したことを明らかにしたことは、同国が7月1日に施行した「改正反スパイ法」などの危うさを改めて浮き彫りにした。
 こうした事態は、多くの外国企業が対中不信感を強めて、中国への進出や投資に二の足を踏む状況や、既に進出している企業が事業の縮小や撤退、投資の回収を急ぐ状態を構築しかねない。これでは、折からの不動産不況の克服に大切な外資を呼び込むどころか、逆に流失を促す結果になりかねない。

 振り返ると、オリジナルの反スパイ法や国家安全法などを、中国の習近平政権が制定したのは2014年のことだ。以後、中国の市民や社会に対する統制と、外国人への監視、取り締まりは厳しさを増す一方だ。
 今年7月に施行した改正反スパイ法については、当初から、その最大のポイントが、「スパイ行為」の対象を拡大した点にあるとみられてきた。
 オリジナルの反スパイ法は「国家機密」の提供に限定していたのに対し、改正法では「国家の安全と利益に関わる文書、データ、資料、物品」の提供や買収に取り締まり対象を拡大したからだ。
 にもかかわらず、肝心の「国家の安全と利益」については具体的な定義がない点も、当局の恣意的な運用を許すものとして憂慮されてきた。

 こうした憂慮の妥当性を裏付けるかのように、中国政府は、このほど事態をエスカレートさせて正式な逮捕に踏み切ったアステラスの社員について、これまで単に「中国は法治国家だ。法に基づいて適切に処理する」「確たる証拠を得ている」などと繰り返すばかりで、具体的にどんなスパイ活動をしたのかをまったく明らかにしていない。
 さらに、日本の外務省によると、中国では、2014年のオリジナルのスパイ防止法の施行以来、日本人がすでに17人も拘束を受け、このうちの12人が逮捕された。9人は実刑判決を言い渡された。
 米国企業でも、今年3月に信用調査会社ミンツ・グループの中国人従業員5人が拘束され、事務所を閉鎖。同4月にはコンサルティングのキャップビジョンが蘇州オフィスのほか、北京市、上海市、深圳市で一斉調査を受けた。
 外国企業に対して、このような傍若無人な行為が繰り返されるようでは、中国の絡む国際的な経済活動は委縮しかねない。

 実際のところ、中国と対峙する米国のバイデン政権は、改正反スパイ法の施行の前日(6月30日)、国家防諜安全保障センター(NCSC)が米国企業向けの注意喚起文書を公表。その中で、スパイ行為の対象が曖昧な問題に触れたうえで、外国の企業、記者、学術関係者、研究者に法的リスクがあると警鐘を鳴らしていた。
 あわせて、中国が2021年にサイバーセキュリティー法、個人情報保護法、反外国制裁法などを相次いで制定している点も警戒。これらを根拠に、中国当局が中国国内で活動する外国企業のデータへのアクセスや管理に乗り出し、通常のビジネス活動をスパイ行為とみなして罰則対象にされかねないとの危惧を露わにしていた。
 関連して言えば、中国メディアに至っては、反スパイの宣伝・教育活動を義務づけられている状況になった。習近平政権の社会に対する統制は強まる一方だ。

 その一方で、かねて中国経済の低迷は顕著で、国際通貨基金(IMF)は10月10日公表の「世界経済予測」で、今年(2023年)の中国の成長率見通しを前回予測より0.2ポイント低い5.0%に、来年(2024年)のそれを同じく0.3ポイント低い4.2%に引き下げた。米国と中国のデカップリング(経済分断)や不動産市場の混乱への懸念が主な背景だった。
 この結果、すでに外資の中国向け投資は減る一方になっている。中国国家外貨管理局によると、外国企業が今年4〜6月に中国で工場建設などに投じた「対内直接投資」額は49億ドルとデータが確認できる1998年以降で過去最少となった。落ち込みも激しく、前年同期と比べた減少率が87%と過去最大を記録した。中国政府による今年1月のゼロコロナ政策の撤回も経済の活性化には不発だったと言わざるを得ない。

 こうした中で、改正反スパイ法が猛威を振るえば、外国人が中国への二の足を踏みかねない状況となり、経済活動を停滞させ、低迷する中国経済をさらに押し下げる要因になっても不思議はない。
 習近平政権は、一連の行為が自ら中国経済の首を絞める行為だと自覚すべきだろう。

2023年10月23日

COLUMN

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