一般社団法人 グローカル政策研究所

町田徹 21世紀のエピグラム

形振り構わぬ米大統領選の候補者たち。
EV振興策が勢いを無くすとの懸念も。

 来年の秋に迫ったアメリカ大統領選挙に向けて、民主党を母体とするバイデン大統領が9月26日、現職の大統領として初めて全米自動車労組(UAW)のストライキの現場となっている中西部ミシガン州のデトロイトの自動車メーカーの部品流通倉庫を訪ねて、ストライキに理解を示したうえで、組合員を激励した。
 これだけでも十分、米国の民主主義を憂慮せざるを得ない出来事と言えそうだが、その翌日には、共和党を支持母体とするトランプ大統領もやはりデトロイトに足を運び、UAWやストとは無関係の部品メーカーで演説して「外国ではなく米国の労働者を守る」とお得意の「米国第一主義」に引っ掛けて自身への支持を呼び掛けた。
 米国社会が深刻な分断状態にあることは指摘されてから久しいが、大統領選で有力な候補になる可能性の高い2人の新旧大統領の今回の言動は、集票活動のために米国全体の政治と経済の方向性が歪められない米国の危うい状況を改めて浮き彫りにした格好になっている。

 新旧の2人の大統領が訪ねたミシガン州は、米大統領選において、フロリダ州、ペンシルベニア州、オハイオ州などと並んで、平時から民主、共和の両2大政党の支持率が拮抗しており、選挙のたびに勝利する政党が変わることから「スイング・ステート」(揺れ動く州)と呼ばれている土地柄だ。つまり、激戦州のひとつなのだ。
 民主、共和両党の大統領候補は、それぞれの政党が伝統的に強い州すべてで勝利を収めても、当選には不十分なため、こうしたスイング・ステートを獲得するのに選挙運動の重点を置くこと自体は決して珍しくない。
 実際のところ、2016年の大統領選では、ミシガン州を獲得したトランプ氏が当選したのに対し、2020年の大統領選ではバイデン大統領が都市部を中心に票を伸ばして同州を奪還、当選に繋げた経緯もある。

 ただ、バイデン大統領はかねて進めてきた気候変動対策の1つとして電気自動車(EV)の振興策を進めてきた。この政策は、ガソリン車に比べて部品点数がはるかに少なく製造工程などでの雇用を減らしかねないとしてUAWが目の敵にしているものだ。
 また、UAWは今回のストライキで、4年間で40%の賃上げのほか、物価に応じた賃上げなども求めており、こうした過激な要求が実現すれば、ゼネラル・モーターズ、フォード、クライスラーを傘下にもつステランティスの3社のEV投資や経営を圧迫するのが確実とみられている。
 さらに、ストライキの長期化は米経済を冷え込ませかねない。大幅賃上げにも、米国の高インフレを加速するリスクがある。

 振り返ると、歴代大統領は、大規模ストが起きれば、それを仲裁する立場を採り、経営側にも労組側にも肩入れしない姿勢を保つことが多かった。
 そうした中で、バイデン氏の有力支持団体だったにもかかわらず、UAWはバイデン氏のEV振興策に反発、これまでのところ、来年の大統領選での支持候補を明確にしていない。バイデン氏はこうした状況にしびれを切らせて、今回のストライキ支援に回ったのである。
 バイデン氏は9月26日、「UNION YES」と書かれた黒い野球帽を被って、ストライキ決行中のゼネラル・モーターズの部品流通倉庫を訪問。「あなた方は大幅な賃上げに値する」と組合員たちに媚びたうえ、ストの長期化が経済を冷え込ませるリスクなどを顧みずに「粘り強く闘え」と発破をかける始末だった。

 一方のトランプ氏は、バイデン氏がUAWに媚びる一方で、依然として放棄していないEVシフト政策をやり玉に挙げた。「あなた方を廃業に追い込もうとしている」と強調したうえで、バイデン政権が続くと、「自動車産業の未来が中国製になる」と発言。「経済ナショナリズムの復活を示す」と怪気炎を上げたというのである。

 バイデン氏とトランプ氏のいずれが来年の大統領選挙に勝利しても、UAWや米自動車労働者らの主張を尊重せざるを得ず、米国の経済政策の方向が大きく歪むリスクを、我々は懸念せざるを得ない状況だ。

2023年10月02日

COLUMN

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