一般社団法人 グローカル政策研究所

町田徹 21世紀のエピグラム

パビリオン建設の遅れに加えて、
2度目の建設費増額問題も飛び出した関西万博。
状況の打開に必要な発想とは?

 再来年(25年)4月13日に開幕が迫った大阪・関西万博は、準備の深刻な遅れと2度にわたる会場建設費の増額問題という障害を乗り越えて、前回(1970年)のような成功を収められるだろうか。

 新聞やテレビで繰り返し報じられているのは、パビリオン建設の遅れだ。今回の万博には今年(2023年)3月時点で、153の国・地域と8つの国際機関が参加の意向を表明。このうちの56カ国・地域は自己負担でパビリオンを建設するとしている。にもかかわらず、足もと(9月27日)までに自前のパビリオン建設に必要な申請書を提出したのは、チェコとモナコの2カ国にとどまっている。もちろん、着工件数はゼロである。
 運営主体の「2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)協会(以下、協会)」は、独自のパビリオン建設を目指している参加国に、ゼネコンとの交渉の代行や、協会が箱形の建造物を建てて各国に外装などを委ねる方式への移行を提案。なんとか挽回しようと躍起になっている。
 しかし、今回の万博会場となるのは、大阪市此花区の人工島「夢洲(ゆめしま)で、アクセスルートが限られている。各パビリオンの建設が着工に漕ぎつけても、これまでの遅れが災いして、資材の運搬が集中、交通が麻痺して一段と遅延が深刻化する悪循環も懸念される。
 遅れは、外国出展者にとどまらない。開催国「日本」の顔になる「日本(政府)館」でさえ、起工式が行われたのは、当初予定から3カ月遅れの9月11日だった。日本の民間パビリオンも出足が鈍い。協会によると、13者が出展を予定しているが、8月23日段階で起工式を済ませたのは、パナソニック、三菱大阪・関西万博総合委員会など3者に過ぎない。

 パビリオン建設が遅れた最大の原因は、直前のドバイ国際博覧会が1年遅れの開催となった点にある。参加各国で新型コロナウイルス感染症がまん延したことが響いたのである。
 拍車をかけたのが、建設を担うゼネコン各社の間に受注を敬遠する風潮が広がっている問題である。背景には、各方面で人手不足が進む中で、建設業界の「2024年問題」が懸念されていることがある。特例的に免除されてきた残業規制が厳しくなるにもかかわらず、十分な労働者の確保が難しく、ゼネコン各社は新たな受注に慎重になっている。

 かねて懸念されてきたことだが、ここに来て、2度目となる会場建設費の増額が検討されていることも明らかになった。
 万博を誘致した時点では、会場建設費の上限が1250億円とされていた。2020年には会場デザインの設計変更などで1850億円に増額された経緯があるのに、さらに450億円積み増して2300億円に必要があるというのだ。政府の指示を受けて同協会が精査したところ、資材高や人件費の高騰が響いて当初の計画より落札金額が跳ね上がるケースが相次いでおり、メイン会場や博覧会協会が建設する海外パビリオンの工事費などを含めた全体の建設費の増額が必要になったとしている。
 政府は海外パビリオンの建設の遅れを憂慮、岸田総理が8月末、総理官邸で関係者を集めた会議を開いて、「海外パビリオン建設やインフラ整備が遅延し、胸突き八丁の状況にある」と指摘、自身が先頭に立って立て直しに取り組むと宣言した。
 ところが、今回浮上した建設費の増額問題では、政府は先頭に立つ気はないらしい。松野博一・官房長官が9月25日の記者会見で、増額分を誰が負担するかについて「国、自治体、経済界が3分の1ずつ負担するという閣議了解に沿って対応を協議する」と述べ、応分の負担しか考えていないことを明らかにしたのである。

 もちろん、万博には、パビリオンやインフラの建設の遅れと建設費の高騰という以外にも問題はある。
 元を辿れば、「バブルの負の遺産」である人工島・夢洲を、万博会場としての再開発を通じて過去の清算に繋げようと目論んだことが仇になっている面は否定できない。
 JR桜島線と京阪電気鉄道・中之島線の延伸計画が幻に終わり、夢洲へのアクセスルートは北側の人工島である舞洲との間を結ぶ橋梁と、来2024年度完成予定の海底トンネルで南側に浮かぶ人工島・咲洲とを繋ぐ鉄道(大阪メトロ中央線)の2本しかない。
 このため、事前の建設段階だけでなく、開催期間中も闇雲に入場者を増やして増収を図ることは難しい。協会は、「チケット・コントロール」によって、来場者の入場日を特定日や特定期間に制限したり、入場時間を分散させて、夢洲への移動をコントロールするとしている。道路の混雑を起こさないため、自家用車での来場も認めない方針だ。それでも、混雑や天候次第で混乱を避けられないリスクが残っている。

 万博の目玉の一つと目される「空飛ぶクルマ」も入場者の搬送手段になるか不安視する向きがある。
 協会としては、会期中、会場と関西国際空港、大阪港近傍、大阪都心部などを国内初となる商用フライトで結ぶ計画で、今年2月、運航事業者として、ANAホールディングスと米Joby Aviation、日本航空、丸紅、SkyDriveの4グループ・5社を選定した。
 しかし、機体の型式認定や乗客の輸送を巡る制度が計画通り今年度中に整備できるか疑問視する声が根強い。最終的に、会場上空でのデモンストレーション飛行のようなものにとどまり、空飛ぶクルマの実用化の難しさを印象付けることになりかねないというのである。

 野党・共産党は早くも万博の開催中止を叫んでいる。同党の大阪府委員会は8月30日、万博の開催中止を求める声明を発表した。建設費の上振れなどを根拠に、「国民が物価高で生活に喘ぐなか、開催すればさらなる負担を強いることになる」と主張したのだ。

 しかし、今さら、開催を中止すれば、日本のプロジェクト遂行能力と国際的信用が傷付きかねない。
 むしろ、ここで、想起したいのは、前回の、1970年に開催された大阪万博との違いと共通点である。まず、違いから言えば、前回の万博は、40年後の上海万博に抜かれるまで、博覧会史上の最高記録となった6421万人という最大の入場者を獲得。1964年の東京オリンピックと並び、世界に日本の復興を印象付けるとともに、日本と関西の経済発展の起爆剤にもなったことで知られる。
 しかし、日本が高度成長期にあったうえ、アクセス環境も良かった前回のような入場者数や規模を追うことは、今回の万博では困難だ。実際のところ、協会が想定する今回の万博の予想来場者数は2820万人と前回の半分にも届かないレベルだ。
 ただし、だからと言って、人々に、将来の夢や希望を与える役割は放棄してはならない。むしろ、今の時代に合うようにバージョンアップして貰う必要がある。
 前回の万博当時、近隣に住む小学5年生だった筆者は、11回通ったことを鮮明に覚えている。アメリカ館の月の石や、旧ソ連館の宇宙船ソユーズ、日立製作所館のフライト・シミレーターといった人気の展示があったパビリオンの一つ一つに、丸一日がかりで入館し、お目当ての展示を見たり体験できたりした時は心を躍らせたものだ。
 今回は、規模を追うことには無理がある。建設費の増額負担を巡っても、国、大阪府・市、民間がこれまでと同様に3分の1ずつ負担するのかでさえ、新たな火種になりかねない。そうした中で、例えば、リング状に1周2キロ・メートルにわたり、会場中心部を取り囲む大屋根(幅30メートル、高さ12~20メートル)は本当に必要なのか。開催期間が夏場を含み、入場者が屋根の作る日陰を歩いて移動できるのは素晴らしいアイデアだが、屋根のうえも歩道にする必要性は乏しいかもしれない。これだけで約350億円も必要という建設費の見直しなどは全体の建設費増額の必要条件だろう。
 追うべきは、建築物も含めて規模ではなくて、質のはずである。そうすれな、質の面で、来場者の心に残り、前回に勝るとも劣らない成功を実現することができるはずである。政府・関係者には今一度、冷静に考えて貰いたい。

2023年9月27日

COLUMN

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