一般社団法人 グローカル政策研究所

町田徹 21世紀のエピグラム

NTT法見直し問題で、岸田総理が甘利氏と先月末協議。
NTT株売却は正しい選択か?

 防衛費を積み増すための財源として政府が保有するNTT株を売却する構想を巡って、岸田総理は先月末(8月31日)、自民党の「NTT法のあり方検討プロジェクトチーム」の座長を務めている甘利明・元自民党幹事長と協議した、新聞報道によると、協議後、甘利氏は「NTT法の廃止を含めた抜本見直しについて首相の意見を伺った」と語り、総理から「私の考えを整理したい」との言葉があったと明かしたという。
 政府保有株の売却のためにNTT法を廃止する構想が、俄かに現実味を帯びてきた格好だ。
 確かに、日本を取り巻く安全保障環境が緊張感を増す中で、防衛予算の拡大は必要だ。そのことに議論の余地はない。
 しかし、政府保有のNTT株の活用策を考えた場合、現在、財務大臣名義で保有しているNTT株を売却してしまうことが本当に賢明な措置と言えるのか。筆者は首を傾げずにはいられない。もっと良い策があるのではないだろうか。

 大幅な増額が必要な防衛予算を確保するために白羽の矢が立った、政府保有NTT株の売却問題はここにきて、政府にNTT株の保有を義務付けているNTT法全体の見直し問題にも発展してきた。
 そもそも、NTT法は、かつて国営独占事業者だったため、1985年の民営化によって公社を民間企業に衣替えする一方で、通信市場に新規参入を促して競争環境を整備する狙いで制定された法律である。
 1997年のNTTグループの経営再編(NTTを持ち株会社と東西会社の3社に分割した)を経た後も、固定通信を営むNTT東西会社と携帯電話を本業とするNTTドコモが一体にならず、固定・携帯間での競争を維持する観点や、固定通信サービスを全国広くあまねく提供させるユニバーサルサービス義務を課す観点、さらにはNTTの研究開発を日本の通信技術の国際競争力の向上に役立てるためNTTに研究開発義務を課す観点などから、NTT法は廃止されず、改正にとどまった経緯がある。

 次に、通信方式や周波数面から通信業を規制する電波法などはさておき、通信分野の事業法の観点から見ると、KDDIやソフトバンクといった一般の事業者は、電気通信事業法の規制対象だ。同法は、一般的な規制のほか、退出規制や競争促進の観点からのドミナント規制も網羅する法律だ。
 この事業法の観点からみると、NTTは電気通信事業法だけではなく、NTT法からも規制を受けてきた。この“2重規制”を「非対称規制」と呼び、英国にも例があったものの、この体制がNTTにとって大きな負担だったことは紛れもない事実である。
 ところが、留意すべきこともある。というのは、筆者は長年この分野を取材してきたが、1997年の改正当時から、NTTの幹部を含む多数の関係者から「政府にNTT株の保有義務を課すことは敵対的なM&AからNTTを防衛する観点で有意義だとの観点から、NTTもNTT法の存続に同意した」と聞かされてきたのである。

 NTT法を詳しく見ていくと、ここへきて、NTT幹部が発言しているように、NTT法の時代に合わない部分の弊害が以前よりも大きくなっていることは間違いないだろう。毎年の事業計画や取締役選任が総務省の許認可事項になっているのは、その典型例だ。しかも、外国人が取締役になれないという規定もある。こうしたNTT法の見直しの規定の見直しの重要性は明らかである。
 しかし、その一方で、固定通信と移動体通信は通信形態の両輪だ。様々な長所もある一方で、無線の一種である以上、携帯電話や移動体通信サービスには、固定網に比べて脆弱な側面が残ることも否定できない。
 こう考えると、現行法では主に固定電話を前提に規定しているユニバーサルサービスを、主にデータ通信を前提にした固定通信を想定したユニバーサルサービスに衣替えする必要はあるものの、固定通信サービスを全国で広くあまねく展開するユニバーサルサービス義務そのものは、依然として存続の意義が高い気がしてならない。他に、NTTに代わる事業者が見当たらないのも事実なのである。

 最後に、政府保有NTT株の売却問題だ。繰り返すが、防衛予算の増額は必要で、その財源の確保は重要だ。
 しかし、NTT株の3分の1に達する政府保有株を市場で売り出すとすれば、中国勢などによる敵対的な買収を受けるリスクが高まることが避けられない。大量に浮動株が増えるうえ、拒否権を持つ発行済み株式を持つ財務大臣という安定株主がいなくなるのだ。
 上場している一般企業並みになるだけだというクールな人もいるだろうが、次代を担う光電融合技術(IOWN)の開発と実用化に取り組んでいるNTTは海外企業から狙い撃ちにされ易い存在だ。経済安全保障の観点から、政府保有株の売却は大きなリスクと言わざるを得ない。長くなるので詳細は省くが、政府・与党部内で対案とされる外為法の改正ではカバーしきれない深刻な問題も出てくると懸念する向きもある。

 また、そもそも機動的な売却が可能なのかという大きな疑問がある。1985年のNTT民営化の際の失敗だが、発行済み株式の3分の2を売却するにあたって、何回にも分けて大量放出を行ったため、その間、市場が売り圧力を懸念して株価が低迷、NTT株を早期に保有した投資家から怨嗟の声があがったことを、当時、証券記者だった筆者は昨日のことのように鮮明に覚えている。今回、政府保有株を放出すれば、同じ悪夢が繰り返されても不思議はない。
 政府・与党内には、政府保有株を20年以上かけて、毎年2000億円前後、NTTに自社株買いさせる案もあるようだが、NTTの財務にとってとんでもない負担になることは明らかだ。自社株買いは政府保有株だけでなく、一般投資家の保有株も対象にする必要があるという事態になれば、必要な資金が大きく膨らむ可能性も高い。NTTの澤田純会長が民放テレビ局のインタビューで、「政府系金融機関など安定的なところに保有してほしい」と述べていたことからも、NTT株の自社株買いに依存することの難しさは明らかだ。
 その一方で、NTTは現在、株主である財務大臣に毎年、巨額の配当金を支払っている。この配当金の使途を明確に防衛財源とする方法が現実的で、迅速かつ安定的に防衛予算の財源を確保できるのではないだろうか。

2023年9月04日

COLUMN

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