一般社団法人 グローカル政策研究所

町田徹 21世紀のエピグラム

恒大の米連邦破産法の適用申請で、
改めて中国リスクが浮き彫りに。

 中国の不動産デベロッパー大手・恒大集団が8月17日、米国ニューヨーク州の連邦破産裁判所に連邦破産法15条の適用を申請し、世界経済が直面する中国リスクの大きさが改めて浮き彫りになった。
 この申請は、外貨建ての社債のデフォルト(債務不履行)の処理、つまり恒大の膨大な負債のごく一部の処理が目的で、ゾンビ化しつつある同社の危機はさらに長引きそうだ。こうした危機が続く限り、不動産不況は長引き、周辺の産業を蝕み続ける懸念もある。
 中国国内だけでなく、世界や日本の経済の足を引っ張りかねない。

 恒大と言えば、歴史は浅いが、不動産開発ブームに乗り、一時は売上高で中国市場2位、世界でも有数の巨大デベロッパーに名前を連ねた。しかし、今は見る影もない。長引く販売不振が響き、昨年は30位まで後退した。
 この間、一昨年9月には、会社として「未曽有の危機にある」と経営危機にあると認めたり、同じく、同年末には、広東省が監視チームを会社に送り込んだり、同じ時期に格付け会社が相次いで「部分的債務不履行」を認定したりしたのに対し、肝心の再建は遅々として進んでいないのだ。
 恒大は昨年末の段階で、およそ48兆7480億円の負債を抱え、債務超過に陥り、再建が遅れている。

 恒大がもたもたしている間に、危機は、中国の不動産市場全体の問題につながってしまった。国家統計局が8月16日に発表した主要70都市の新築住宅の価格動向によると、7月の価格は、全体の70%にあたる49都市で下落。価格が下がった都市数は、6月よりも11都市増えており、今年最悪の状況に落ち込んだ。

 恒大以外のデベロッパーは大丈夫なのかという不安が増殖した格好だ。実際のところ、巨額の負債を抱えるところは多い。いずれも昨年末の数字だが、売上高で業界トップの碧桂園が約28兆6980億円、万科企業が同27兆0420億円 、緑地控股が約24兆0200億円、保利発展控股集団がおよそ22兆9660億円と、恒大も含めて邦貨換算で20兆円を超す負債を抱えるところが5社を数えている。5社合計の負債額は150兆円を超え、来年度の概算要求が110兆円余りに達する見通しの日本の国家予算を大きく上回るものに膨らんでいる。

 デベロッパー各社の危機は、周辺で、4つの危機を引き起こしている。
 直撃を受けているひとつが、建設資材を提供したり、建設を請け負ってきたりした企業だ。データとしては“氷山の一角”に過ぎないが、恒大の子会社の一つ「恒大地産集団」の公表によると、債務の履行を求められている裁判が今年2月末時点で1317件あり、請求金額は単純合計で6兆2500億円に達した。多くが、建設業者や資材業者から未払いの工事代金や資材代金を請求されたものとみられるが、恒大の子会社1社でこれほどとなると、全体はゾッとするような規模に達しているのだろう。

 第2に、代金を支払ったのに、開発や建設が滞り不動産の引き渡しを受けられなくなっている企業や家計の問題も深刻だ。その直接的な損失も計り知れないが、資産バブル崩壊という形で不動産の保有価値が低下する影響も見逃せない。中国ではすでに個人消費の低迷が響き、国内総生産(GDP)ベースで新型コロナウイルス危機からの回復スピードの減速が目立ち始めているが、これが一段と顕著になる懸念が高まっている。

 第3が金融セクターへの悪影響だ。不動産デベロッパーはどこも、開発用地の取得代金、建設・資材代金などを先行して支払い、その数年後に取得する不動産の販売収入でそれらの代金を回収する点で共通している。特に、2020年夏に中国政府が銀行に対しデベロッパー各社への融資規制を強化して以降、この巨額のつなぎ資金の最大の出し手となっていたとされるシャドーバンキング(影の銀行)と呼ばれる金融機関は深刻だ。
 シャドーバンキングは富裕層や法人顧客の資金を預かり、不動産デベロッパーなどへの投融資を増やしてきた金融機関のことだが、こちらの行き詰まりもこの夏、鮮明になってきた。
 海外の通信社によると、最大級の中融国際信託は8月半ばの時点で、少なくとも30商品の支払いが滞り、幾つかの短期金融商品の償還も停止した。8月16日には、北京の中融本社前で、20人余りの顧客が集まり、抗議活動を展開したと報じられている。
 銀行に対する取り付け騒ぎを想起させるような話だが、今後、信託商品の販売の伸びが鈍化し、デベロッパーへの資金供給パイプが一段と細るほか、信託に投融資していた銀行の収益やバランスシートにも悪影響を与える可能性を想定せざるを得ない。中国発の世界的な金融危機という事態を懸念する向きもある。
 そうした裏で、中国政府は事態の隠ぺいに躍起のようだ。取材をしていると、最近、金融セクター問題を指摘するアナリスト・レポートを公表した外国金融機関が口封じともとれる強い抗議を受けたと聞く。

 第4は地方政府だ。お国柄だが、中国は、土地の私有を認めておらず、不動産の使用権を売買しているが、この土地使用権の売却収入は中国の地方政府にとって税収と並ぶ収入の大黒柱なのだ。デベロッパーの危機は、売却収入の激減に繋がり、地方財政をひっ迫させて地方のインフラ投資資金を細らせているほか、行政サービスの低下や地方振興策の停滞も頻発しかねない状況を招いている。

 危機の根本的な原因を考えるとき、起点とみなすべきは、2008年の米リーマンショックだろう。あの時、中国政府は、当時の為替レートで52兆円に相当する「4兆元対策」を打ち出して、世界経済をけん引した。
 一方で、当時から不動産バブルの勃発を懸念する声があったのに対し、中国政府は、随分研究したので、決して日本のバブル経済とその崩壊のような失敗は犯さないと自信たっぷりだった。ところが、不動産開発頼みの内需振興策は長引き、過熱、不動産バブルを引き起こした。これが出発点なのだ。

 もうひとつ影を落すのは、中国国内の政治権力闘争と経済政策の関係だ。中国では、餓死者も出たという経済政策の失敗を受けて、1970年代に統治者になった鄧小平氏の時代から、市場メカニズムの活用を打ち出した。それに伴い、貧富の格差が発生することに対して、「先富論」というエクスキューズを展開した。これは、市場メカニズムを活用して、先に豊かになれる者たちが豊かになることを許容するもので、その代わりに、富裕層に貧困層の援助を義務づけるとしていた。パーティなどで披露されるシャンパングラスツリーで、一番上のグラスに注がれたシャンパンが溢れて次第に底辺に流れていくように、富もいずれ社会の底辺に広がっていくというような理屈である。

 先富論は、中国を世界第2の経済大国に押し上げる原動力になったが、貧富の格差を大きくする副作用からも逃れられなかった。その反省から、広がった格差を是正するという意味で「共同富裕」という経済政策哲学が登場。その継承者として権力の掌握や長期化に利用したのが、現在の中国の習近平・国家主席である。
 しかし、具体策となると、「共同富裕」は、底辺を底上げするのではなく、富裕層と先端企業を叩くことを優先した。アリババなどのIT大手を政府が厳しく統制するなど、極端な経済政策に走ったのだ。
 “不動産バブル潰し”も共同富裕の一環で、デベロッパー各社を破綻寸前に追い込み、危機的状況を生み出した。
 ところが、いざ、こうした事態が起きると、荒療治の影響を怖がり、中途半端に放置して来てしまった。ここ2、3年の習近平政権のもたつきは、まるで、日本のバブル潰しとその後の不良債権処理の先送りという大失敗の再来を見ているよう気がしてならない。

2023年8月28日

COLUMN

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