一般社団法人 グローカル政策研究所

町田徹 21世紀のエピグラム

福島第一原発の処理済み汚染水の放出に反発し、
中国が日本産水産物の輸入検査を強化する暴挙に。

 先週水曜日(7月19日)、中国の関税当局が日本の水産物に対する輸入検査を厳しくしたことが明らかになった。
 東京電力・福島第一原子力発電所で発生した汚染水から放射性物質を除去したうえで、トリチウムが残った処理済みの汚染水を希釈して海洋に放出させる計画に反発。これまでの一部に対するサンプル検査を、全量検査に切り替えたというのだ。
 すでに現地で日本産の水産物の物流が麻痺して多額の損失が発生しているほか、検査待ちの段階で水産物が痛むことが懸念され、日本のホタテ貝の加工業者の間で自主的に輸出を手控える動きも出ているという。
 日本政府は外交ルートを通じて全量検査の早期撤廃を求めているが、中国はこの措置を正当だと主張しており、解決に向けては第3国の協力を得る形で強い対抗策を打つ必要があると指摘する声も出ている。

 汚染水を巡っては、2011年3月の福島第一原発事故以来、12年余りにわたって、政府・東京電力が拙い対応を繰り返してきたことは否定できないだろう。
 問題の発端は、1~3号機の原子炉内にある燃料デブリの冷却に水が必要で汚染水が発生することに加えて、隣接する阿武隈山地から流れ込む大量の地下水が汚染される問題もあり、膨大な汚染水の発生がし続けてきたことにある。
 特に当初は、東電が貯蔵タンクから高濃度の汚染水の漏えいした問題を速やかに開示しないとか、放射性物質を取り除く機械の不備を隠蔽するなどの行為が指摘され、内外から懸念されるケースが存在した。
 事故から2年あまりが経過した2013年夏になって、当時の安倍政権はようやく、東電任せだった対応を改めて、国が前面に出て主導する方針を打ち出した。が、その対応策も成功とは言い難かった。
 巨額の資金を投じて、原発周辺への地下水の流入を防ぐために「凍土遮水壁」を建設したにもかかわらず、その効果が明確にされなかったからだ。多くの関係者の間では、地下水の侵入を十分に防ぐことができなかったとみられている。
 結果として、現在、原発の敷地内には1000を超すタンクが設置され、汚染水を貯蔵する対応が採られてきた。
 ちなみに、老舗の民間シンクタンク「日本経済研究センター」が2019年春に公表した試算によると、福島第一原発事故の処理に必要な「廃炉・汚染水処理」の費用は51兆円と、その2年前の試算に比べて19兆円も膨らんだ。
 結局のところ、これまでの汚染水をタンクに貯蔵する方式は、敷地のスペースとコストの両面から限界が近付いていた。

 こうした中で、もたついたものの、何とか辿り着いた新たな対策が、処理済みの汚染水を海水で薄めて海洋に放出するという計画だ。
 まず、ALPSと命名された除去設備を使い、ストロンチウムやセシウムといった放射性物質の大半を国の規制基準を下回るまで取り除く。それでも、技術的に除去が難しいトリチウムが残るので、これを国際基準以下に薄めて放出することになっている。トリチウムは自然界にも存在する物質だ。
 放出口周辺には、モニタリングポイントを設置し、海水に含まれるトリチウム濃度を計測し続ける仕組みも整備されている。

 国際原子力機関(IAEA)は7月4日、こうした処理済み汚染水の放出について「国際的な安全基準に合致している」と、お墨付きを与える報告書を公表した。日本の原子力規制委員会も7月7日付で、一連の設備に使用前の検査に「合格」したことを示す終了証を東電に交付した。この結果、政府による放出に向けた安全性の評価作業は全て完了し、8月中にも放出を開始するところに漕ぎ着けていた。

 国際社会の反応は、米国が早くから処理済み汚染水の海洋放出計画に好意的で、日本を支持する姿勢を明確にしてきた。韓国もイ・ミョンバク政権の発足以来、頑なだった態度を軟化させてきた。そして、同政権は7月5日は、「IAEAの発表を尊重する」との立場を表明。反対姿勢を続ける最大野党「共に民主党」などと一線を画して、国内世論に理解を求めている。
 対照的に納まらないのが、中国だ。中国外務省の汪文斌副報道局長は7月6日の記者会見で、「(日本は)国際社会と十分な協議をしていない。身勝手で傲慢だ」と批判。この前日にも「日本は核汚染水の放出計画の強行をやめ、責任ある方法で処理するよう改めて強く求める」「国民の健康と食品の安全を確保するため、海洋環境の監視や輸入水産品などの検査を強化する」と述べ、日本からの農水産物の輸入検査を強化する構えを見せていた。中国はIAEAの検査を信用に足らないとしたうえで、冒頭で紹介したように、全量検査を強行したのだ。
 そして、中国外務省の毛寧報道官は7月20日の記者会見でも、全量検査について「中国政府は人民の健康と海洋環境に責任を持たなければならない。日本の海洋放出計画に反対し、関連措置を講じることには確かな根拠がある」と主張したという。

 そこで、まず必要なのは、IAEAのお墨付きが示すように、処理済み汚染水の海洋放出の影響が値グリジブルなものであることを今一度、丁寧に中国に説明することだ。
 あわせて、中国の原発がトリチウムを含んだ排水を海洋放出している事実もしっかり指摘する必要がある。例えば、紅沿河原発の2021年のトリチウムの海洋放出量は90兆ベクレルと、福島第一原発の年間計画22兆ベクレル未満を大きく上回っている。
 そのうえで、中国が自国のトリチウムを含む排水の海洋への大量放出の事実を棚上げして、日本批判を続けるようであれば、その実態を国際社会に幅広く訴えて、中国の輸出検査の実情が日本に対する威嚇紛いの手法であるとの認識を広める必要があるだろう。世界貿易機関(WTO)への提訴も重要だ。
 そのうえで、こうした行為に対して、日本単独ではなく、第3国も巻き込んだ形で、中国製品に対する輸出入規制を連携して強化する対抗策作りも検討しておく必要がありそうだ。

2023年7月24日

COLUMN

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