一般社団法人 グローカル政策研究所

町田徹 21世紀のエピグラム

政府系ファンドJICが半導体部材JSRを完全子会社化。
その「投資環境を整える」という狙いの本当の意味は?

 政府系ファンド「産業革新投資機構(JIC)」は6月26日付で、TOB(株式公開買い付け)を通じて半導体材料のJSRを買収すると発表した。買い付け価格は1株当たり4350円。これは、買収公表の前週末(6月23日)の終値に、35%を上乗せする水準だ。
ちなみに、報道によると、買収の狙いは、「半導体材料の競争力を維持するため、国の関与の下、積極投資をしやすい環境を整えることにある」という。
ちょっと額面通りには受け取りにくいのだが、この「積極投資をしやすい環境を整える」というのは、どういう意味なのだろうか?

 JICの発表の意味するところによると、JSRは現在、東証プライム市場企業だが、JICはJSR株すべてを取得するため、12月下旬をメドにTOBを開始するという。JSRはこのTOBに賛同しており、TOBが成立すれば、JSR株は上場廃止になる。

 次に、JSRの事業を見ておこう。
JSRは、もとの社名を日本合成ゴムといい、合成ゴムの国産化を狙った国策会社だった。設立は、1957年のことである。その意味では、およそ50年ぶりの国策会社回帰とも言える。
 ちなみに、JSRは半導体の製造に必要なフォトレジスト(感光材)の先端品の有力な供給企業のひとつだ。調査会社グローバルマーケットモニターによると、世界シェアが28%で業界首位の座にあり、2位の東京応化工業の21%を抑えているという。3位以下には米デュポン、信越化学工業、富士フイルムといった企業が名を連ねている業界だ。
政府は半導体を戦略物資と定め、関連する部材も含めてサプライチェーン(供給網)を強化する方針で、今後の半導体の微細化でも重要な技術とみられるフォトレジストもそうした対象となっている模様である。

 だが、JICの発表内容は腑に落ちない。どこかの企業の100%子会社になって、上場廃止をすると、不特定多数を対象にした時価発行増資がやりにくくなる側面もある。必ずしも「積極投資がやり易くなる」ということは言えず、JICの説明には違和感が残るのだ。

 そこで注目すべきが、JSRの大株主名簿に「SSBTC CLIENT OMNIBUS ACCOUNT」と、そこのイギリス領バージン諸島法人の2つの名義で16%弱を保有する投資家が存在する点ではないだろうか。
 実は、この組織は投資ファンドであり、中国の政府系ファンド「中国投資」と国家外貨管理局によって運営されているとみられている。
このファンドは現在、他にも多くの日本企業の大株主名簿に名を連ねているものの、JSRはフォトレジストで世界シェア1位を誇る点で重要な企業だ。それゆえ、経済安全保障つまり政治的な観点から、全株を買い付ける形とすることで、SSBTC CLIENT OMNIBUS ACCOUNTに有無を言わせずに、株主の座から撤収してもらう、そんな日本政府の意向が働いたと解釈すると、JICの狙いが理解できるのかもしれない。

2023年7月4日

COLUMN

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