一般社団法人 グローカル政策研究所

町田徹 21世紀のエピグラム

羊頭狗肉の岸田総理の少子化対策。
まずは婚姻数の拡大促す改革を!

 新聞やテレビを見ていると、岸田総理が6月1日に「こども未来戦略会議」を開催、「こども未来戦略方針」案(異次元の少子化対策の骨格)を提示したことに対して、必要な財源を明記しなかった点を批判する論調が大勢を占めているようだ。当然の指摘だろう。このままでは、財源の裏付けのない「つなぎ国債」が乱発され、これから子育てをする世代になし崩し的に償還の重荷を背負わす未来を招きかねない。

 しかし、その一方で、筆者には、もう一つ違和感を覚えずにいられない問題がある。国策としての信頼性を決定的に損なう論点が存在するにもかかわらず、その点があまり具体的な批判や論争の対象になっていないのだ。
 どういうことかと言うと、岸田総理が1日の会議の挨拶で、「(今回の戦略の基本的な考え方として2つの重要なポイントがあり、その第1が)若者・子育て世代の所得を伸ばすこと」と強調しておきながら、「最低賃金の引上げや三位一体の労働市場改革」といった一般的な全世代共通の所得向上策に触れただけで、若者・子育て世代の所得向上のために効果的と考えられる具体的な施策にはまったく言及しなかったのである。つまり、具体策がないのに、やるフリをして誤解を招く演説だった。

 そして、口先では大上段に振りかぶって決意を強調しながら、実際には肝心の施策を打ち出さない「羊頭狗肉」振りは、異次元の子育て対策のバイブルになるべき性格の「こども未来戦略方針」案にも共通する問題だ。
 実際、今回の方針案は、冒頭の「基本的な考え方」で、「今回の少子化対策で特に重視しているのは、若者・子育て世代の所得を伸ばさない限り、少子化を反転させることはできないことを明確に打ち出した点にある」「このため、政府として、若者・子育て世代の所得向上に全力で取り組む」などと表明している。
 ところが、「若者・子育て世代の所得向上」にターゲットを絞った具体策は、今回の方針案のどこをひっくり返しても見当たらない。記述されているのは、「経済成長の果実が若者・子育て世代にもしっかり分配されるよう、最低賃金の引上げや三位一体の労働市場改革を通じて、物価高に打ち勝つ持続的で構造的な賃上げを実現する」という、総理発言と同じようなお題目だけなのである。

 そうした中で注目すべきは、この方針案が現状分析の部分で、深刻な雇用形態の問題に触れていることだ。長くなるが、重要なので紹介すると「雇用形態別に有配偶率を見ると、男性の正規職員・従業員の場合の有配偶率は 25~29 歳で 30.5%、30~34 歳で 59.0%であるのに対し、非正規の職員・従業員の場合はそれぞれ 12.5%、22.3%となっており、さらに、非正規のうちパート・アルバイトでは、それぞれ 8.4%、15.7%にまで低下するなど、雇用形態の違いによる有配偶率の差が大きいことが分かる」との認識を示している。
 筆者だけでなく、エコノミストらの間でも、少子化の主因のひとつが、こうした結婚して子供を持ちたくても、所得水準が低く、入り口と言うべき結婚が困難な人が若い世代に占める割合が高まっている点にあるとの見方は定説と言ってよいだろう。
 今回の方針案も、エコノミストらの定説と同じ認識を示す以上、例えば、こうした雇用形態の問題にメスを入れるなど、具体的な若年層の所得向上策を打ち出すのが、岸田政権の当然の責務のはずである。雇用形態にまで踏み込めないのならば、せめて正規職員・従業員と非正規の職員・従業員、アルバイトの所得格差を縮める策を講じる手もあるだろう。

 ちなみに、当の岸田総理は前述の挨拶の中で、「我が国のこども・子育て関係予算は、子供1人当たりの家族関係支出で見て、OECD(経済協力開発機構)トップ水準のスウェーデンに達する水準となり、画期的に前進する」と述べている。財源も示していない予算の確保を根拠に、一連の対応を自画自賛しているわけだが、こうした発言も為政者としてまったく不十分と言わざるを得ない。

 振り返れば、非正規という雇用形態の多様化策の導入・推進は、小泉政権の頃から加速してきた。隔世の感があるが、バブル期を経て、当時は国際比較でみた日本人の所得水準が高かった。これが企業や産業のリストラクチャリングの障害となっていたことから、雇用形態の多様化がやむを得ない側面のある施策だったことは否定できない。
 しかし、日本の労働市場の環境や所得水準は大きく変わった。雇用形態の多様化策の副作用として、少子化がここまで深刻化した以上、今回の方針案が盛り込んでいる児童手当の拡充や保育施設の利用条件の緩和といった施策は、小手先の対応と言わざるを得ない。恩恵を受けるのが、すでに子育てをしている世帯に限定されており、抜本的な出生数の押し上げ効果が期待できないからだ。むしろ、結婚するカップルを増やしていく施策が必要だ。
 岸田政権が、本当に異次元の少子化対策を実行したいのならば、過去の自民党政権が推進してきた労働政策と決別するなど、若年層の所得水準を大きく押し上げるための本当の意味での異次元の政策の断行が求められている。

2023年6月5日

COLUMN

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