一般社団法人 グローカル政策研究所

町田徹 21世紀のエピグラム

話題が豊富だったG7広島サミットで、
最も大きかったサプライズとは!?

 話題が豊富で、近年にない注目を集めたG7広島サミットが5月21日の日曜日、閉幕した。
 このサミットの最大のサプライズとして、戦時下のウクライナのゼレンスキー大統領が、オンラインではなく、対面で参加したことを想起する人は多いだろう。G7サミットとして初めて核軍縮に関する共同声明「広島ビジョン」の公表に漕ぎ着けたことや、G7(西側)が8つの招待国を交えたアウトリーチ(拡大会合)を開き、「回復力のあるグローバル食料安全保障に関する広島行動声明」の取りまとめに成功したことに注目する向きもあるかもしれない。確かに、それらはいずれも重要な成果である。
 しかし、筆者は、そうした派手な話題に埋もれがちだが、最近すっかり軽視されがちな自由貿易体制維持の重要性が全体の首脳共同声明に盛り込まれた点を高く評価したい。

 戦時下のウクライナのゼレンスキー大統領の広島サミット参加に関する情報は、議長国・主催国として警備の重責を負う日本政府がセキュリティの観点からギリギリまで伏せようとしたこともあって、情報が二転三転。世界が大混乱の様相を呈した。
 振り返ると、当初、流布されたのは、岸田総理が今年3月にウクライナを電撃訪問した際にゼレンスキー大統領に直接要請して快諾されたもので、オンラインでの出席とされていた。
 ところが、サミットの開催直前になって、ウクライナのダニロフ国家安全保障・国防会議書記が自国のメディアに対し、「戦況次第で、対面で出席する可能性がある」と明かし、この情報があっという間に世界を駆け巡った。
 これに対し、議長国であり、主催国でもある日本政府がこの情報を頑なに否定したことから、日本発で、ゼレンスキー大統領はオンラインで参加するという情報が打ち返された。
 そして、サミット初日(5月19日)を迎え、世界経済の問題を話し合うワーキングランチが始まる前後になって、イギリスの経済紙フィナンシャル・タイムズや米ブルームバーグが再び、追い打ちをかける形で、対面での出席説を報じ始めた。
 それでも日本政府はなかなか事実関係を認めようとしなかった。だが、最後には抗し切れず、19日午後になって、ようやく、「ゼレンスキー大統領が本人の強い希望で、翌20日に来日し、21日のセッションに参加する」などと認めたのだった。
 戦時下のゼレンスキー大統領の対面での出席というニュースのインパクトは大きかった。異例ながら、G7は会合最終日に公表するのが慣例の全体の首脳共同声明を、なんと会期の2日目だった20日の夜、発表。ゼレンスキー大統領が加わる3日目の日程に余裕を持たせる配慮を見せた。半面、声明の中身では、改めて、ロシアを強く非難し、ウクライナからの即時撤退を要求したほか、ウクライナへの変わらぬ支援をG7として公約。さらに、ロシア継戦能力を減じるための制裁逃れ対策も打ち出し、ウクライナを徹底的に支援する姿勢を鮮明にした。
 また、米国はそれまで戦闘のエスカレートを懸念して慎重だった新型戦闘機F-16の供与について、一転して同盟国による供与を容認し、米国がパイロットの訓練の機会を提供すると表明した。ゼレンスキー大統領は、日本に向かう機中で、念願の新型戦闘機をついに獲得したのだった。

 もう一つの大きな話題である「広島ビジョン」は、ロシアのプーチン大統領が今年に入って米国との間での唯一の核軍縮合意となってしまった新戦略兵器削減条約(新START)の履行停止を一方的に表明して、ウクライナに対する核の威圧を強める中で、「(ウクライナにおける)ロシアによる核兵器使用の威嚇、使用は許されない」と、G7の立場を明確にしたものだ。
 中国に対しては、以前から核軍縮に背を向けて、保有核弾頭数を増やし続けながら、その実態を開示しない問題を念頭に置いて、「米国、フランス及び英国が核戦力やその客観的規模に関するデータの提供を通じて、効果的かつ責任ある透明性措置を促進するためにとってきた行動を歓迎する。我々は、まだそうしていない核兵器国がこれに倣うことを求める」と要求した。
 その一方で「全ての者にとっての安全が損なわれない形での核兵器のない世界の実現に向けた我々のコミットメントを再確認する」と表明。そのために、まずは「冷戦終結以後に達成された世界の核兵器数の全体的な削減を継続しなければならない」と、核兵器不拡散条約(NPT)体制の堅持を訴えた。
 G7と言えば、米、英、仏の核保有国3カ国と、米国の「核の傘」に守られている日、独、伊、加の4カ国の集合だけに、そのG7が一致して「広島ビジョン」で核軍縮の方向性を指し示した意味は大きい。

 さらに、ロシア、中国寄りの新興国と途上国、つまりグローバル・サウスとG7との連携を強化するために、アウトリーチ(拡大会合)を設け、「強靱なグローバル食料安全保障に関する広島行動声明」を取りまとめたことも重要だ。
 この行動声明は、「ウクライナにおける戦争が、特に開発途上国や後発開発途上国において、世界中で進行中の食料安全保障の危機を、更に悪化させた」との共通認識を披露したうえで、「より強靱で持続可能かつ包摂的な農業・食料システムを構築するため、(G7とグローバル・サウスの国々が)緊密に協力する重要性を共有した」などと謳い、双方の関係強化の糸口を指し示した形になっている。

 だが、世界の自由貿易は風前の灯だ、米国は、トランプ前大統領が一方的に環太平洋連携協定(TPP)から離脱して以来、第2次世界大戦後、長年、堅持してきた自由貿易の推進役の立場を放棄、米国第一主義という名の保護貿易主義に傾きがちだ。それが、米中2国間の経済分断を招くと懸念されている。
 最近では、バイデン現政権が新たに提唱した新経済圏構想「インド太平洋経済枠組み」(IPEF)をみても、関税の引き下げが除外され、米国が国内の反対派への配慮を優先せざるを得ず、容易には自由貿易路線に回帰できない状況が浮き彫りになっていた。
 筆者は、そうした中で、日本がG7広島サミットの議長国として、全体の共同声明に「貿易」という項目を盛り込んだ点を評価したい。
 そこには、「我々は、現在の地政学的環境においてこれまで以上に重要である、自由で公正な貿易に対する我々のコミットメントの下、連帯する」としたうえで、「これらの基本原則を尊重することは、透明で、多様で、安全で、持続可能な、信頼できる、そして全ての者にとって公平で世界の市民のニーズに応える強靱なグローバル・サプライチェーンを構築するために不可欠であることを確認する」と、強調する文言が綴られているのだ。
 この後を読み進めると、「このため、我々は、G7外のパートナー、特に、サプライチェーンや世界貿易体制において不可欠なパートナーである開発途上国パートナーとの協力を継続する」となっており、ロシアと中国がG7のパートナーから除外されているのは明らかではある。
 しかし、そうであっても、保護主義の呪縛に囚われている米国を含む形で、G7としてこの時期のサミットで、自由貿易へのコミットメントを謳いあげるのに成功したことは意義深い。というのは、ロシアの継戦能力を削ぐための制裁は例外だとしても、米中2国間の対立をこれ以上煽らないためには、経済面での分断を無暗にエスカレートさせないことが重要になっているからである。さもないと、双方が成長力を削ぐ事態にもなりかねない。

2023年5月22日

COLUMN

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