一般社団法人 グローカル政策研究所

町田徹 21世紀のエピグラム

「1勝1敗1分け」に終わった?
G7環境大臣会合の共同声明の星取表。

 来月のG7(主要7カ国)広島サミットへ向けた15の関係閣僚会合のトップを切って札幌で開催された「気候・エネルギー・環境大臣会合」が4月16日、共同声明を採択、閉幕した。
 筆者の独断と偏見に基づいて採点すると、議長国・日本がとりまとめに尽力した共同声明の星取表は、1勝1敗1分けの5分といったところではないだろうか。

 今回の「気候・エネルギー・環境大臣会合」は、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が今年3月に公表した調査報告書で、気候変動が予想よりも早いペースで進んでおり、このままでは「パリ協定」で合意した「地球の気温上昇を産業革命前との比較で1.5度以内に抑える」という目標の達成が難しいことを浮き彫りにした後、最初のG7関係閣僚会合となった。
 そもそもの人類共通の危機に、昨年2月のロシアによるウクライナ侵攻が国際エネルギー市場の混乱を招く事態も重なっていたのである。
 そこで、G7はこの2つの危機を同時に乗り越えるために、従来の「2030年に2019年比で43%減、2050年に同じく100%削減(排出実質ゼロ)」という目標に加えて、新たに「2035 年までに 60 %削減することの緊急性が高まっていることを強調する」と明記した。G7加盟国だけでなく、G20加盟国やその他の途上国も、2030年以降の取り組みを加速すべきだというのである。

 そのうえで、電力部門の排出削減策では、省エネの徹底やさらなる再生可能エネルギーの拡大と並んで、石炭火力発電のあり方に言及。日本にとっての勝利とでも言うべき文言を明記した。「排出削減対策が講じられていない石炭火力発電のフェーズアウトを加速するという目標に向けた、具体的かつ適時の取組を重点的に行う」と記したのである。
 この文言は、発電分野の気候変動対策として、従来のように太陽光や風力と言った再生可能エネルギーへの転換という方策だけに固執するのをやめて、CO2の排出を削減する対策さえ講じれば、化石燃料を使う火力発電の活用も容認していくという柔軟な姿勢に転換したことを意味する。G7として、こうした姿勢を明確にしたのは、これが初めてだ。
 国土が山がちで太陽光発電の適地が少ないばかりか、四方を取り囲む海に浅瀬が少なく海上風力の発電用地にも恵まれていない日本にとって、十把一絡げの火力発電の削減や全廃は容易ではない。その観点から、この記述は朗報と言えるほか、石炭資源が豊富で廉価なことに着目して最近まで石炭火力発電所の建設に力を入れてきた中国、ベトナム、タイなどにとっても光明と言える。この機に、日本としては関連技術の輸出に注力したいところである。
 ちなみに、こうした技術には、アンモニアや水素を石炭に混ぜて燃やすことで、その分だけ、CO2の排出を避けることができるものや、発電で生じるCO2を回収して、地下に埋めたり、コンクリートに混ぜて建設資材にしてしまったりして大気中に排出することを防ぐ技術が含まれている。
 これまで国連の気候変動条約締約国会議(COP)が開催されるたび、なかなか石炭火力発電の全廃期限を明確にしないことを理由に、日本が非政府組織(NGO)から不名誉な「化石賞」を贈呈される事態が常態化していたのは、周知の事実だ。平静を装ってはいても、実際は、政府もこの問題をかなり懸念していたのだろう。今回の大臣会合の議長をつとめた西村経済産業大臣は記者会見で、「各国の事情に応じた多様な道筋でゴールを目指す」ことが可能になった、と胸を張ったと報じられた。

 これに対し、日本の敗北と受け止めざるを得ないのは、原子力発電の表現だ。ここに来て「原子力の本格活用」に舵を切った岸田政権としては、G7全体の総意を指す「我々」という主語で、政権の方針にお墨付きを貰いたかったところとみられるが、そうは問屋が卸さなかった。
 実際のところ、共同声明は、「原子力エネルギーの使用を選択した国々は、化石燃料への依存を低減し、世界のエネルギー安全保障を確保する原子力エネルギーの潜在性を認識する」という、素っ気ない表現をするにとどまった。
 ちょうど、最後まで運転していた原発の運転を今回の大臣会合と同じタイミングで終えて、脱原発を成し遂げたドイツが存在した以上、政府の目論見は甘過ぎたとみなさざるを得ない。

 最後に、引き分けと考えられるのは、産業界から電力システムと並ぶ高い関心が寄せられていた、クルマのCO2排出の削減というテーマだ。日本が防戦一方になった部分で、共同声明には、ガス抜きのため、各国の主張として様々なことがぐちゃぐちゃと書き込まれている。
 が、結論は、「ネット・ゼロ達成への中間点として、2035年までにG7の保有車両からのCO2 排出を少なくとも2000年に比べて、共同で50%削減する可能性に留意」するという表現に落ち着いた。
 この論点では、英国が2035年までに主要市場での販売のすべてをEVに限定するよう要求したほか、米国も今後10年の小型車販売でEVなどを5割にする案の明記を迫った模様だ。しかし、日本は、議長国の立場を最大限に利用して、これらの販売(もしくは制限)を目標に据えなかったばかりか、排出削減の量についても曖昧さを残すことに成功した。
 背景にあったのは、トヨタ自動車をはじめとした日本車メーカーがEVの開発・投入で欧米中のライバルに遅れをとっていることだ。これにより、日本車メーカーがひと息付いた格好になっている。
 しかし、勝利というには不十分だろう。というのは、この辺りの表現は日本以外ではかなり不評で、来年以降のG7や閣僚会議であっさりとひっくり返されることになったとしても何ら不思議はないからだ。
 加えて、欧州各国や米国のカリフォルニアなどの州レベルではガソリン車の販売規制を導入する動きや、逆にEVの販売を巡り税制優遇を設けるなどの制度整備が着々と進んでおり、日本車メーカーが力を入れてきたハイブリッド車やプラグインハイブリッド車がすでに強い逆風にさらされている現実を変える可能性がほとんどないという事情もある。そうした意味で、甘く採点しても、この部分の記述の採点は引き分けと言ったところだろう。
 共同声明の文言に一喜一憂するのをやめて、EV車戦略の立て直しを急ぐことが重要な点に変わりはない。日本車メーカー各社の健闘を期待したいところである。

2023年4月24日

COLUMN

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