一般社団法人 グローカル政策研究所

町田徹 21世紀のエピグラム

卵価格の高騰を巡る”2つの真実”とは!?

 他の生鮮食品ほど値上がりすることが少なく、長年にわたって「物価の優等生」と称賛されてきた鶏卵に、ここ数カ月、異変が起きている。
 先月(2023年2月)に、卸売値の目安とされる「JA全農たまご」の東京地区の平均価格(Mサイズ1キロ当たり)が327円と、1993年以降の高値だった去年12月(284円)を43円上回り、再び最高値を更新したのだ。 この価格は去年2月と比べても152円高と、2倍近い水準に達している。
 筆者は鶏卵業には詳しくないが、経済ジャーナリストとして昨今のマスメディアのこの分野の報道には首を傾げざるを得ないものが多い。それゆえ、今回は、この鶏卵の異変に関する“通説の真偽”を確認してみたい。

 最初に検証する“通説”は、長年、鶏卵が「物価の優等生」と言われ続けてきた本当の原因だ。報道を見ると、「スーパーなどが客寄せ商品として赤字覚悟で販売する傾向があって、値上がりしなかった」とか、「価格が一定基準を下回ったら補助金で補填する政府の救済制度の存在が大きかった」といった要因が、原因としてまことしやかに報じられることが多いようだ。
 しかし、農林水産省の畜産統計をみると、そうした“通説”を覆す猛烈な生産者の淘汰と、その淘汰にもかかわらず、飼育される鶏数の拡大が長年にわたって続いていた事実が浮かび上がってくる。
 具体的に紹介しよう。まず、昭和40年(1965年)のデータだ。採卵鶏の飼育農家数は322万7000戸(種鶏のみの飼育者を除く)、全国の飼育鶏数は8809万羽(生後6か月以上の成鶏のメス)となっていた。
 これが直近の令和4年(2022年)には、飼育農家数が1810戸(種鶏のみの飼育者を除く)と激減したにもかかわらず、全国の飼育鶏数は1億3729万羽(生後6か月以上の成鶏のメス)と逆に増加した。
 つまり、過去57年の間に、飼育農家は1783軒に1軒しか残らないという苛烈な淘汰があったにもかかわらず、全国で飼育される採卵用の鶏数はおよそ1.6倍に拡大したのだ。
 この結果、飼育者の平均飼育数は、27羽から7万5851羽に急拡大。農家の周りでの放し飼いから、大規模な鶏舎での効率的な飼育法への転換が起こり、成育や採卵に有利な飼育環境の確保やエサの大量買い付けといった生産革命が進んだ。生産者の経営努力が大きかったとも言える。
 「スーパーなどが客寄せ商品として赤字覚悟で販売する傾向があって、値上がりしなかった」というのは、卸価格が安値で安定しているからこそ可能になった現象と見なすべきで、これが鶏卵価格の低い水準での安定に役立ったという説は主客転倒しているのではないか。また、「価格が一定基準を下回ったら補助金で補填する政府の救済制度の存在が大きかった」というのも、ウシ、ブタなどと比べて政府の介入が少ないとされるトリの採卵業については違和感の強い説明とみなさざるを得ない。そういった主張をする人が存在するとしても、農政議員と農水官僚ぐらいしか納得しないのではないだろうか。

 もうひとつ本稿で検証したい“通説”は、最近の鶏卵価格の高騰の原因だ。多くの報道は、①ロシア軍のウクライナ侵攻と円安に伴うエサ代(輸入トウモロコシなどを使った配合飼料)の価格高騰、②高病原性鳥インフルエンザの流行に伴う採卵用に飼育されている鶏の殺処分数の急増--の2つを原因とあげている。
 が、①と②を比べると、圧倒的に、②の影響が深刻なことは明らかだ。
 というのは、鳥にとって致死率の高い感染症である高病原性鳥インフルエンザは、例年、秋ごろ渡り鳥によって持ち込まれることが多いが、今シーズンは岡山県と北海道が2022年10月28日に岡山県倉敷市と北海道厚真町の養鶏場の2カ所でそれぞれ、鳥インフルの陽性が確認されたと、最初の発表があった経緯があるからだ。それ以後、鳥インフルは猛威を振るい、瞬く間に全国の養鶏場に感染が拡大。陽性が確認された養鶏場で飼育する鶏について、家畜伝染病予防法に基づく、殺処分が急増した。このため、採卵の供給数が縮小する事態に陥っている。
 この殺処分の急増を受けた形で、昨年11月、前述の卸売値の目安とされる「JA全農たまご」の東京地区の価格(Mサイズ1キロ当たり)が262円と、直近の高値(2020年6月の259円)を抜き、騰勢を強めた。その後も、目安の卸値は去年12月と今年2月に、1993年以来と言う高値を更新した。
 一方、配合飼料価格に大きな影響を与えるトウモロコシなど原料の輸入価格は2019年秋を底に昨年夏にかけて急騰しているが、この間は卵の卸価格に大きな影響を及ぼしてこなかった。

 最後に、需給ひっ迫に伴う鶏卵価格の高騰だが、今後、「半年から1年程度」は鎮静化を期待しにくい状況だ。というのは、殺処分を行った鶏舎では消毒後、一定期間、設備を休ませるうえ、鶏をヒナから飼育するため、成鶏となり採卵ができるようになるまで一定の時間を必要とするからだ。
 いったん収まったとみられていた鳥インフルの感染が3月に入って新たに各地で見つかっているうえ、すでに2月末までで殺処分数が全国の養鶏数の1割程度に達している以上、影響が長引くことは避けがたいだろう。

 ただ、将来的な安定供給の確保には、鳥インフルエンザなどの感染症に対する疫学的な研究推進やより強固な予防法の確立、戦争に影響を受けないエサの国内サプライチェーンの確保などが不可欠だ。
 あわせて、「卵を物価の優等生」たらしめてきた経営効率の改善での一層の奮闘も期待されている。

2023年3月6日

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