一般社団法人 グローカル政策研究所

町田徹 21世紀のエピグラム

学者出身の日銀総裁候補・植田氏の政策の行方とは。

 与野党が参加する衆院議院運営委員会は、次期日銀総裁候補の植田和男氏に対する所信のヒアリングを2月24日に実施することで一致した。
 植田氏は元東京大学教授で、現在、共立女子大学のビジネス学部の学部長をつとめている。東大在学中に宇沢弘文氏や小宮隆太郎氏といった経済学の巨人に師事。その後、マサチューセッツ工科大学でPh.D.を取得した。経済学者としてピカピカの経歴の持ち主だ。
 欧米では、米連邦準備理事会(FRB)議長を経て財務長官をつとめるイエレン氏や、バーナンキ元FRB議長、欧州中央銀行(ECB)元総裁のドラギ氏など、経済学者出身の中央銀行総裁は決して珍しくない。
 これに対して、日本では戦前・戦後を通じて、植田氏のような純粋の経済学者が日銀総裁に起用されるのは初めてのことである。
 順当に国会の同意を得て日銀総裁に就任したら、植田氏はどのような金融政策を行うのだろうか。

 国会同意が得られれば、岸田内閣は、植田氏を4月8日に任期の切れる黒田東彦・日銀総裁の後任に任命、同9日付で就任する運びという。

 植田新総裁の最大の使命が、歴代最長の任期を誇った黒田氏がほぼ10年にわたって行った大規模緩和の軋みを一定の時間をかけて市場にショックを与えずに改善したうえで、最終的に金融政策を正常化するというものになると見る向きは多い。
 この観点から、国際的に知られた経済学者であり、高い説明能力を誇る植田氏は、考え得る候補者の中で最適の人物の1人とみなされている。
 そこで重要とされるのが、植田氏が2000年の金融政策決定会合において、ゼロ金利政策の解除に反対票を投じたというエピソードである。このとき、速水日銀はわずか半年後にゼロ金利政策に逆戻りしており、時期尚早と視た植田氏の判断の正しさを裏付けた格好となっている。そして、今回はこの古事が「植田氏は拙速を避ける」とみられる根拠にもなっている。

 とはいえ、黒田総裁の大規模緩和の弊害として、日銀が過去数か月間に大量の国債を買い入れ、5年物・10年物国債発行残高の70%近くを保有。その結果として、日本国債市場の流動性が低下するとともに、イールドカーブに歪みが生じ、債券市場の機能が麻痺していることは放置できず、その解消は喫緊の課題だろう。
 最初の一手として有力視されるのは、YCC(イールドカーブ・コントロール)の見直しだろう。現在、「0%±0.5%程度」としている10年物長期国債の金利変動幅を同「±0.75%程度」か「±1.0%程度」に拡大する案や、長期金利のYCCのような金利コントロ-ルはやめて買い入れ額目標に変更する案、あるいは誘導目標を短期金利に絞る案などが植田日銀の施策として取り沙汰されている。

 問題は、その次のステップと目される、金融政策の正常化、つまり緩和策の終了だ。
 こちらについては、2月10日夜。政府筋の情報として総裁候補内定が報じられ、植田氏は、自宅に殺到したマスメディア各社の取材に応じ、「金融政策については、景気と物価の現状と見通しに基づいて運営しないといけない」と発言していることが、植田金融政策を探る手掛かりになる。この発言は、「データ重視の政策」とも“意訳”されているが、日本経済を取り巻く状況が変われば、そのことを理由に遅滞なく政策変更を断行する考えを表明したものとみられている。
 実際のところ、過去1年の間に急速に進んだ円安の是正も大きな課題になっており、そうした金融緩和策からの脱却の時期が数カ月以内に到来しても何ら不思議のない状況だ。
 ただ、その際、前述のように、市場との対話については学者らしく過不足なく行い、円滑な政策変更を試みるとみられる一方で、洋の東西を問わず「利上げ」を嫌う政治家たちとの軋轢が生じる可能性が残る。こちらは国内の景気を悪くする側面が伴うため、与野党両方の政治家との摩擦が避けられない。
 この部分こそ、植田総裁個人がどちらかと言えば不得手とみられている部分で、日銀副総裁候補として名前が報じられている氷見野良三・前金融庁長官と、内田真一・日銀理事のサポートが期待されている分野だ。
 この関連では、目下のところ、輸入物価の高騰を引き起こしている円安の是正にご執心とされる岸田総理が、いつまでそのスタンスを堅持するかも変数としてアタマに入れておくべきだろう。あまりリーダーシップを発揮する総理ではないものの、それでも行政の長である岸田総理の変心は、植田丸の航海の行く手を大きく左右するリスク要因である。

2023年2月20日

COLUMN

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