一般社団法人 グローカル政策研究所

町田徹 21世紀のエピグラム

なぜ、岸田総理の少子化対策は混迷しているのか?

 岸田総理が年明け(1月4日)の年頭記者会見で打ち出した「異次元の少子化対策」が国会審議の迷走のタネになっている。
 同総理がこのアジェンダを、まるで突っ込んだ防衛力強化論議を避けるかのような態度で、突然、問題提起したことは無責任だった。
 だが、それ以上に、国会の論戦が迷走してしまった根本的な原因として、あの演説で、総理が例示した具体的な施策の内容が「児童手当を中心に経済的支援を強化する」とか「幼児教育や保育サービスの量・質両面からの強化を進める」といったものばかりだったことも見逃せない。というのは、それらの施策が、すでに現時点で子育てをしている世帯を念頭に置いたものに限定され、近視眼的かつバラマキの域を出ない発想に基づいていたからである。

 もちろん、近視眼的で短絡的なのは、岸田総理だけではない。はっきり言って、与・野党も同じだ。
 その代表的な存在は、自民党の茂木幹事長である。1月29日の公共放送のテレビ番組で、過去に自民党が児童手当の所得制限を訴えてきた経緯について「反省する」と述べたうえで、「所得制限をなくすべきだ」「時代の変化に応じて必要な政策の見直しを躊躇なくする」と、児童手当の所得制限を争点に据えてしまったからだ。
 これに対し、立憲民主党の岡田幹事長は「10数年たって、ようやく自民党が追いついてきたかという思いだ」と勢い付いた。その結果として、少子化対策と言えば、児童手当の所得制限の撤廃だけが重要なテーマであるといった雰囲気に国会が包まれてしまったのだ。

 その一方で、日本の実情は深刻だ。2022年の出生数は「77万人前後になるのではないか」(加藤勝信厚生労働相)とされている。現在の統計の集計が始まってから年間出生数が80万人を割り込むのは初めてという。

 そうした中で、茂木氏や岡田氏が力を入れる児童手当の所得制限の撤廃や、岸田総理が念頭に置く子育て支援への給付やサービス拡大で、この深刻な出生数の減少に歯止めをかけて人口減少にピリオドを打てると考えるのは、あまりにも短絡的である。

 というのは、日本の出生数減少の背景には、適齢期の男性の平均賃金が低過ぎて結婚に至らない女性が多いことや、いざ子供を産める環境になった時には出産が難しい年齢に達している女性が多いこと、さらには、そもそも出産・育児を価値観として人生の目標の一つに置かない女性が増えていることなど、様々な要因が密接に絡んでいるとされているからだ。
 つまり必要なのは、子育て世帯の支援にとどまらず、出産・子育てをしようという夫婦の誕生の後押し、出産・適齢期を過ぎても子供を持てる体制の整備、女性の価値観の多様化を促す、などの多様な施策なのだ。
 こうした状況を考えれば、児童手当の所得制限の撤廃や、岸田総理が念頭に置く子育て支援への給付やサービス拡大といった子育て世帯への支援の拡充で出生数の減少に歯止めをかけられると期待することの無謀さは明らかだろう。
 むしろ、男性も含めた賃金水準の引き上げや、精子・卵子の凍結保存、女性が出産・子育ても生きがいにできるような社会の構築と言った抜本策が必要なのである。

 その意味では何かと物議をかもすことが好きな東京都の小池知事が打ち出している「チルドレンファースト」予算の方が、幅広い視野を持っていることは間違いなさそうだ。
 「0〜18歳のすべての都民に月額5000円を給付する」とか「0〜2歳の第2子の保育料は所得制限なく無償化する」といった施策はバラマキ色が強いものの、それ以外では「結婚を希望する男女を人工知能(AI)でマッチングする事業を始める」とか、「働く女性が将来の妊娠の可能性を残せるよう卵子凍結に関する知識の普及啓発や、全国初となる助成制度の創設を見据えた調査も実施する」「結婚を予定するカップルへの経済的支援策として、交通アクセスのよい公営住宅300戸に優先して入居できるようにする」といった奇抜なアイデアに基づく事業も盛り込んでいるからだ。

 岸田総理は、年頭の演説で述べた「異次元の少子化対策」という表現を、1月23日の衆参両院での施政方針演説で「従来とは次元の異なる少子化対策を実現する」と、言い直した。これは周知の事実である。
 そして今、政府、与野党の国会の論戦で欠けているのは、何が問題かを幅広い視点で捉えたうえで、まさに、そうした「従来とは次元の異なる」対策を打ち出して断行する構想力と実行力なのではないだろうか。

2023年2月6日

COLUMN

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