一般社団法人 グローカル政策研究所

町田徹 21世紀のエピグラム

2023年の成長率の優等生は日本
話題になったIMFの経済予測とは。

 いささか旧聞に属するが、国際通貨基金(IMF)が昨年10月に公表した世界経済見通しがちょっとした話題になっている。今年(2023年)のが主要7カ国(G7)ベースのトップと言う “優等生”の座に久方ぶりに返り咲くというからだ。
 話題の世界経済見通しは、各国で進む空前のインフレを映して「生活費危機への対処」(Countering the Cost-of-Living Crisis)という副題が付いている。この高水準の物価上昇に伴う生活の危機をはじめ、世界的な金融の引き締め、ロシアのウクライナ侵攻、長引く新型コロナウイルスのパンデミックといった要因が重くのしかかっており、世界経済の先行きに暗い影を落しているというのである。
 実際のところ、世界経済の成長率は、2021年の6.0%から、2022年には3.2%に落ち込み、さらに2023年には2.7%へ鈍化すると見込んでいる。これは、あのリーマンショックの時期さえをも下回り、2001年以降で最も弱い成長を記録することを意味している。
 ただし、高水準の物価上昇に伴う生活の危機をはじめ、世界的な金融の引き締め、ロシアのウクライナ侵攻、長引く新型コロナウイルスのパンデミックといった要因は、IMF自身が現在見込んでいるよりも一段と影響が深刻になりかねず、世界経済のさらなる下振れ要因になる可能性があるとも、IMFは強調している。
 一方、世界のインフレ率は、2021年の4.7%から2022年には8.8%に上昇した模様だ。2023年には6.5%、2024年には4.1%と次第に減速するものの、その沈静化ペースは決して早いとは言えず、厳しい物価上昇が長く続くと見込んでいる。
 こうした中で、IMFがG7諸国の中で2023年の経済が最も厳しいとしているのが、ユーロ圏とEUを離脱した英国だ。成長率の見通しは、2021年、2022年、2023年の順に、ユーロ圏が5.2%、3.1%、0.5%、英国が7.4%、3.6%、0.3%と急減速するものとなっている。ユーロ圏の中では、ドイツは2.6%、1.5%、マイナス0.3%、イタリアは6.7%、3.2%、マイナス0.2%と、この2カ国がマイナス成長に落ち込むほど深刻だとしている。
 欧州の不況の原因は、ウクライナ戦争における「漏出(拡散)効果」(spillover effect)だ。ロシアからの天然ガスの供給がカットされたことが大きい。エネルギー価格の上昇だけでなく、それに伴うインフレを抑えるための金融引き締めも下押し要因になっている。昨年末に労働者の大規模なストライキが起きた英国も同様だが、こうした金融引き締めは家計の消費や企業の投資を落ち込ませる結果を招きつつあるという。
 一方、米国も2021年、2022年、2023年の経済成長率が5.7%、1.6%、1.0%と急ブレーキがかかるとの予測になっている。耐久消費財やサービスを中心とした急激な物価上昇に伴い、実質所得が減少して消費を圧迫しているからだ。IMFは特に住宅投資への影響が深刻だと分析している。
こうした中で、異彩を放つのが日本だ。成長率は2021年からの3年間、1.7%、1.7%、1.6%と比較的安定して推移している。賃金上昇を上回る消費者物価の上昇や、エネルギー輸入価格の上昇という外的要因によって、2023年の見通しを半年前に比べて0.7ポイント下方修正したものの、それでも依然として安定しているという見立てなのだ。ちなみに、2023年の予測は、カナダの1.5%を抑えて、日本がG7諸国の中でトップとなっている。
 日本は、1980年代のバブル経済の崩壊以来、「失われた30年」などと言われ、長年、G7諸国の中でも低成長が際立ってきた。
 コロナ危機からの回復期に際しても、日本の回復が遅かったことは記憶に新しい。2021年の成長率を振り返ってみても、英国7.4%、フランス6.8%、イタリア6.7%、米国5.7%、カナダ4.5%、ドイツ2.6%、日本1.7%と、日本は最下位だった。
 成長率の推移なので、「山高ければ、谷深し」「コロナ危機からの回復が鈍かったことが幸いしただけだ」と、身も蓋もない解釈をする玄人は多いかもしれない。
 しかし、安定しているという評価には、それなりの理由もある。そのことを見ていくため、世界経済見通しに詳細の分析がないので、老舗の民間シンクタンク「日本経済研究センター」の最新の予測(2022年12月8日公表)を紹介しておこう。
 こちらは、予測期間が異なり、2021年度、2022年度、2023年度の日本の成長率の推移を2.5%、1.7%、0.8%増と、先行きをIMFよりかなり固く見積もっている。が、ここで注目したいのは、2023年度の内訳だ。世界経済の減速を受けて外需がマイナス0.1%と減速するものの、内需のうち民間企業の設備投資が2.0%増、消費が1.2%増と拡大して全体としてプラス成長を維持すると分析しているのである。
 こう見てくると、IMFの予測を裏切らないためにはつまり、2023年に日本がG7の優等生になるための最大のカギは、民間企業の設備投資にあることが明らかだろう。
IMFも日本経済研究センターも異口同音に警鐘を鳴らしているが、2023年の世界経済は下振れ要因が大きい。そうした中で、日本経済がそれなりに安定した成長を維持していくためには、円安特需に支えられていた輸出が減ったとしても、積極的に民間企業が設備投資を続けていくことなのである。数年来、日本企業の中には、デジタルトランスフォーメーション(DX)やカーボンニュートラル(脱炭素)に向けた投資で後れをとっていると指摘されてきたところが少なくない。2023年は、こうした企業の出番と言えるだろう。
ロシア軍のウクライナ侵攻や長引く中国のコロナ危機を見ても、空洞化した日本国内の製造拠点の再構築とサプライチェーンの確保が大きな課題となっていることも明らかだ。
民間企業が高い投資意欲を持ち続けることが望まれる。

2023年1月10日

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