一般社団法人 グローカル政策研究所

町田徹 21世紀のエピグラム

カーボン・プライシングの先送りは国益か?

 「我が国経済に悪影響が生じるおそれ」があり、「直ちに導入するのではなく、GXに取り組む期間を設けた上で導入」するー。
 政府のグリーントランスフォーメーション(GX)実行会議(議長:岸田総理)は、気候変動対策の切り札と期待されていた「カーボン・プライシング」(炭素の排出を有償化する仕組み)導入を事実上、先送りする構えだ。
 これにより、国内最大の二酸化炭素(CO2)排出産業である鉄鋼業を始め、紙・パルプ、化学、セメントといったCO2大量排出型の素材産業が向こう数年間、厳しい企業努力を免れる見通しとなる。
 しかし、こうした施策は、本当に日本の国益と言えるだろうか。

 西村GX実行推進担当大臣兼経済産業大臣が直近のGX実行会議(11月30日開催)で示した資料「GXを実現するための政策イニシアティブの具体化について」は、政府の本音を浮き彫りにした。
 前段で「速やかに実現・実行する」「効果的な仕組みを検討する」と強調しておきながら、具体論となったとなった途端、冒頭で記した通り、「我が国経済に悪影響が生じるおそれ」があり、「直ちに導入するのではなく、GXに取り組む期間を設けた上で導入」する。「最初は低い負担で導入し、徐々に引き上げていく」などと先送りする構えを伺わせたからだ。
 具体論を見ても、有志企業が任意で参加している排出権取引の場である「GXリーグにおける排出量取引(GX-ETS)」の動向を見守る姿勢を強調している。そのうえで、「将来(2026年度以降)、削減目標に対する民間第三者認証や、目標達成に向けた規律強化、更なる参加率向上に向けた方策等を検討してはどうか」というのである。
 さらに、排出権取引につきものの、温暖化ガス排出の有償化については、「EU等の諸外国の事例や、再エネ等の代替手段がある非貿易財としての性質も踏まえ」、「発電部門への段階的な有償化導入を検討してはどうか」と対象を絞り込んだうえで、今から4年後にあたる2026年以降に、電力会社だけを対象に進める方針を示しているのだ。
 言い換えれば、2026年になっても、国内で最も多く温暖化ガスを排出している鉄鋼業を始めとして、紙・パルプ、化学、セメントなどの温暖化ガスの高排出型産業である素材の各業界に対しても制度的な網をかけないというのである。先送りしたうえで、抜本策も取らないというのである。

 ちなみに、資料「GXを実現するための政策イニシアティブの具体化について」が、先進事例として示唆したEUの事例、つまり、「EU-ETS(欧州連合Emissions Trading System)」と、日本のGX-ETSの違いも大きなポイントだ。
 EU-ETSは、今から17年前の2005年にスタートした制度で、まず、有志企業対象の日本と違い、大規模排出者の参加を義務づけており、推計でEU域内のCO2排出量の4割強をカバーしているとされている。すでに、排出権(量)の総量に上限を設けただけでなく、段階的な引き下げも行っているほか、排出権の割り当ては、業種毎に代替手段の有無や貿易集約度等の状況を踏まえて判断する仕組みになっている。要するに、日本のGXリーグに比べれば、有効性を担保するために厳格な枠組みになっているのだ。
 ところが、EU加盟国の中には、これでもCO2の排出源を網羅できておらず、脱炭素には不十分だとして、EUを脱退した英国だけでなく、フランス、スウェーデン、フィンランドなどの国々は個別に、より網羅的に脱炭素に有効な炭素税を導入して脱炭素の推進に取り組んでいる。
 日本はすでに本格的な炭素税の導入を断念したばかりか、EU-ETSのように大規模な排出者の参加を義務づけていないGXリーグの取り組みを当面見守るというのだから、彼我の差は広がり、大きく後れを取る懸念を拭えない。

 その一方で、ロシア軍のウクライナ侵攻で世界的にエネルギー事情が激変しているにもかかわらず、EUは依然として、2026年にもカーボン・プライシングなどの取り組みが遅れている国・地域からの輸入品を対象に、事実上の関税をかける国境炭素調整措置(CBAM)を本格導入する構えを崩していない。
 この措置の狙いは、温暖化ガスの排出削減に高いコストをかけさせられるEUの域内企業が、そうでない国・地域の企業との間で競争力が劣後することを防ぐことにある。
 が、日本の素材産業や輸出産業にとっては、そうしたCBAMで狙い撃ちにされ、EUの税関で関税を課されて輸出不振に陥るより、日本国内で脱炭素化とそのコスト削減に取り組む方が輸出を維持できて収益を確保する余地が高いはずである。経営として、こちらに活路を求めるべきなのは明らかなのだ。
 縷々述べてきたが、岸田総理のGX実行会議はどうせ、問題を先送りするだけの議論をしているのだから、先送り後の選択肢まで狭めることはない。むしろ、本格的な炭素税導入の余地を残すことによって、脱炭素に消極的な企業にインセンティブを持たす方がよほど国策として賢明なのではないだろうか。

2022年12月5日

COLUMN

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