一般社団法人 グローカル政策研究所

町田徹 21世紀のエピグラム

防衛費拡大の財源。東日本大震災方式は万全か?

 岸田総理は9月30日、「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」の第1回会合を開催した。この会議の役割は、年末に予定される来年度予算編成と国家安全保障戦略など安保関連3文書の改定を念頭に、今後2カ月弱の間に強化すべき防衛力のポイントやその予算、財源について提言することだという。岸田総理はこの会議を通じてどんなコンセンサスを得ようとしているのだろうか。その点は、政府の目指す方向を示すものとして興味深いので、今回はこの点をフォローしてみよう。

 手掛かりになるのは、事務局の内閣官房国家安全保障局が提出した「安全保障環境の変化と防衛力強化の必要性」という資料だ。表紙込みで21ページの簡潔な資料だが、全体の半分以上を費やして極東の軍事的緊張の高まりを指摘。特に1999年には圧倒的に有利だった米軍の力が相対的に低下し、2025年には戦力バランスが中国側の優位に傾くという分析を示している。
 このため、岸田総理がこれまでに様々な場で表明してきたように、今後5年以内に抜本的に防衛力を強化することが必要で、同盟国である米国のバイデン政権からもその裏付けとなる防衛費の相当な増額を確保することに強い支持を得ているので会議でもお墨付きを与えてほしいと迫っている。

 ただ、与党・自民党が5年以内に防衛費を倍増して、現行の国内総生産(GDP)の1%程度から2倍の2%に増やせと主張していることと比べると、岸田総理の主張は微妙に異なっている。
 というのは、現在の防衛費のGDP比の数字について、資料は、2%を目指すことは変わりがないが、防衛費を2倍にする必要はないとしているのだ。なぜならば、日本の防衛費を北大西洋条約機構(NATO)の基準にあわせて計算し直すと、今のペースでも2023年度中に概ねGDPの1.3%程度に相当するようになるので、1.5倍強くらいにすればよいというのである。
 具体的には、補正予算分も含めて、旧軍人・軍属への恩給費や、旧日本軍が遺棄した化学兵器の処理費用、国連のPKO分担金、海上保安庁や内閣衛星情報センターの予算、防衛省が海外に派遣している自衛官の人件費などを加えて計算し直すと、こういった数字になるという。
 こういう記述を数字のお遊びで意味がないと感じる人は多いかもしれない。実際のところ、内閣府の提出資料というのは策定過程でお役人、特に政府の金庫番である財務官僚あたりの主張が反映されやすいことから、財政の肥大化を嫌い、自民党に多い「2倍に増やすことありき」の議論をけん制するためにこうした議論が資料に盛り込まれたと感じる人もいるだろう。
 しかし、防衛費を2倍増ありきで無駄遣いをすることは厳禁である。筆者は、2倍増が前提になって議論が進むと、使い道の決まっていない予算まで計上されて、その消化のための無駄遣いが横行するということになりかねないと危機感を感じていたので、この記述を岸田政権が厳選して必要な増額をするという予算編成方針を目指すと公約したと受け止めたい。しっかり確立してほしいポイントである。

 もう一つ重要なのは、財源に関連して、資料があえて岸田総理の今年8月10日の記者会見での発言に触れ、当初から財源を確保しておくことの必要性に理解を求めている点だろう。具体的には、「(防衛力の抜本強化のために必要となる)防衛力の内容の検討、そのための予算規模の把握、財源の確保を一体的かつ強力に進めていく」という考えを明記しているのである。
 この部分も財務官僚たちの意向が反映されている可能性が大きいが、決して的外れとは言えないだろう。というのは、財源の裏付けのないまま、赤字国債を発行するようでは、将来、財政赤字が膨らむ懸念が大きいからだ。
 ここからは資料に直接の言及はなく行間を読んで推測するしかないが、防衛費拡大のためにいきなり来年度から増税を実現するということもほぼ不可能だから、当面は「つなぎ国債」などと呼ばれる赤字国債で賄うこととして、東日本大震災時の復興増税を参考に一定期間後に法人税と所得税を増税することを決めたうえで防衛費の増額を始めるというシナリオを財務省辺りが構想しているとみて間違いはないだろう。
 米国を含めてNATO諸国も、防衛費だからと言って財政規律をないがしろにするようなことはしていないので、こうした歯止めをかけておくのは真っ当なやり方である。

 この財源問題で今後の最大の争点になりそうなのが、財源としてどういう増税をするかという問題だ。前述のように、筆者の取材でも、東日本大震災の復興増税をモデルに法人税と所得税を増税する案が政府部内と有力になっている。
 ただ、東日本大震災の復興増税については指摘しておかなければならない大きな問題もある。増税規模を大きくして潤沢な予算を確保した結果、結局、無駄遣いが横行した問題だ。あわせて、個人が支払う所得税の上乗せ期間が長期間に及んでいることも実質所得の減少要因であり、消費拡大の阻害要因のひとつとみなさざるをない。所得税の増税については、円安、物価高、伸びない実質賃金に苦しむ庶民への配慮も欠かせない。

 もう一方の法人税の増税も揉めそうだ。大企業が加盟する経団連や経済同友会といった経済団体が早くも難色を示しているからである。
 例えば、同友会の桜田代表幹事は10月4日の記者会見で、「国民のための防衛であれば国民全員から負担能力に応じて徴収するのがあるべき姿。とりやすいところからとるというのは筋が通らない」と主張。防衛費増額の財源には法人税増税ではなく、所得税増税で賄うなべきだとの議論を展開した。
 しかし、この主張はやや乱暴だ。万が一にでも、戦争に巻き込まれれば生産、物流活動が滞り、企業経営が甚大な被害を蒙るからだ。その意味では、企業のための防衛でもあり、企業が相応の負担をするのは当然だ。
 加えて、今回、消費税ではなく、法人税を防衛費増額の主たる財源に充てようという考え方が出てきた背景に、そもそも、この20年ほど続いてきた企業誘致のための世界的な法人税率の引き下げ競争の時代が終わりを告げようとしていることがある。専門家の間では、今回の法人増税は、過去20年あまり低く抑えられてきた法人税の実効税率をもとに戻すだけだという試算もある。
 経済界は、過去30年にわたって実質賃金の低下にも有効な手を打たず、今なお急ピッチで進む物価高に見合う十分な賃上げを確保したとは言い難い。加えて、今回、防衛力強化のための増税も拒むことは、国民感情を逆撫でするリスクがある。ここは良き企業市民であるための経営という観点から冷静な対応を求めたいところである。

2022年10月11日

COLUMN

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