一般社団法人 グローカル政策研究所

町田徹 21世紀のエピグラム

為替介入のタイミングを早めた!?
あの黒田発言は必要だったのか。

 「当面というのは数カ月ではなく、2~3年の話と考えてもらっていい」--。
 日銀の黒田総裁は9月22日、大規模な金融緩和策の維持を決めた金融政策決定会合後の記者会見で、「当面、金利を引き上げるようなことはない」と強調したうえで、さらに、このひと言を付け加えた。
 その結果、歴史的な水準にあった円安は一段と勢い付き、ついに、政府・日銀は24年ぶりのドル入り・円買い介入に踏み切らざるを得なかった。
 マーケットとの対話という観点から見て、黒田総裁のあのひと言は必要だったのだろうか。

 黒田総裁は現在2期目の任期中で、77歳と高齢である。今の任期が来年4月8日に切れた後、続投するとの見方はほとんどなく、日銀OBを軸に展開するとみられる次の総裁選びの行方に市場の関心は移っている。
 そうした中で、金利の引き上げについて、2、3年はないと考えてもらった方が良いという黒田総裁の発言は、次の総裁の手足を縛るものに他ならない。

 市場はこの言葉に驚き、敏感に反応した。外為市場では一気に円安が進み、一時1㌦=145円台後半という24年ぶりの円安水準を更新したのである。このため、政府・日銀はこの日夕方、1998年6月以来となる「円買い・ドル売り」の為替介入に踏み切らざるを得なかった。これが、あの日の流れだった。
 一方、米連邦準備理事会(FRB)の積極的な利上げ姿勢と日銀の大規模緩和維持方針はすでに広範に織り込まれていた。したがって、「当面、金利を引き上げるようなことはない」という段階で黒田発言がとどまっていれば、あそこまで大きく円安が進むことはなかったのではないだろうか。つまり、黒田総裁のあのひと言がなければ、あそこまで円安を加速することはなかった可能性が大きいのである。
 黒田総裁としては、「2、3年」という言葉を付け加えることによって、あえて金融緩和の継続に対する日銀の決意の固さを強調したかったのかもしれない。剛腕で知られる黒田総裁らしい発言と受け止めた人も少なくないようだ。しかし、それだけに、あのひと言がいわずもがなだった感も免れない。

 チャート的に見た円安の節目と言えば、①1998年に付けた1㌦=147円66銭と、②1990年に付けた1㌦=160円20銭――の2つを思い浮かべる人は多いだろう。
 そして、「1㌦=147円66銭」を割り込めば、次は「1㌦=160円20銭」が視界に入ってくるため、政府・日銀が9月22日に1㌦=146円に迫ったところでなんとか円高方向に押し戻しておきたいと考えて「ドル売り・円買い」介入に踏み切ったことも想像に難くない。
 日銀が主要国の中央銀行の中で唯一マイナス金利を維持している以上、その効果には疑問符が付くものの、為替介入は、政府・日銀に残されたたったひとつの円安をけん制する手段だった。
 その意味では、日銀の利上げ以外の方策がない中で、為替介入はできるだけ実施はせずに、実施するぞというポーズだけで市場のけん制に使うべき「伝家の宝刀」だったはずである。

 米国の歴史的なインフレには鎮静化の兆しがなかなかみられない。現時点では、日米間の金利格差は今後1年余りにわたって拡大傾向が続くとの見方が支配的と言ってよいだろう。

 9月22日夕方の介入を受けて、円相場は一時1ドル=140円台と、直前から5円程度反発した。しかし、その効果には早くも陰りが見えている。翌々日にあたる24日には1㌦=143円台半ばに戻してしまったのだ。円安相場はとどまるところを知らず、再び安値を伺う不気味な動きをみせているわけだ。
 あまりにも早過ぎた介入の実施は、不用意な黒田発言の賜物として人々に記憶されることになりかねない。

2022年09月26日

COLUMN

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