一般社団法人 グローカル政策研究所

町田徹 21世紀のエピグラム

「首都圏の原発」や「トラブル続きの原発」まで再稼働!
岸田総理の暴走・原発政策が始まった!

 故・安倍晋三氏のような官邸主導を演出したかったのだろうか―。
 岸田総理は8月24日の第2回GX(グリーントランスフォーメーション)実行会議にオンライン出席し、福島第一原発事故以来、歴代政権が採ってきた慎重姿勢を大きく転換、原子力の積極活用を進めるよう指示した。
 その柱は、①既設原発の最大限の活用、②次世代革新炉の開発・建設ー-の2つだ。背景としては、ロシアによるウクライナ侵略によって世界のエネルギー事情が一変したことがあると言い、カーボン・ニュートラル(脱炭素)とGXを両立するために、思い切った再エネや蓄電設備の導入などとあわせて、原子力の活用が欠かせないと述べたのだ。
 だが、これまで原子力の活用再開に不可欠とされてきた使用済み核燃料の処理問題に素知らぬ顔を決め込んだほか、ロシア軍がザポリージャ原発を占拠して“核の盾”としており、国際社会が原発の保有が安全保障上の重大リスクになるとの危機感を強めている現実にもひと言も触れなかった。
 総理主導を振り付けた経済産業省の無責任さも含めて、国民的な議論をすべき政策課題が急浮上した格好である。

 今回の既存原発活用策で注目されるのは、「首都圏の原発」の異名を持ち、半径30キロメートル圏内におよそ96万人が居住していることから地元同意の取り付けが困難とされる「日本原子力発電・東海第2発電所」(以下、東海第2)や、福島第一原子力発電所の大事故の教訓を活かせない「トラブル続きの原発」の「東京電力・柏崎刈羽原子力発電所」(同、柏崎刈羽原発)を再稼働する方針まで盛り込んだことである。

 日本原電にとっては、保有する他の2原発(「敦賀第1」と「敦賀第2」)がそろって再稼働府が困難な中で、「東海第2」の再稼働が会社存続の最後の頼みの綱になっていることは事実だ。
 しかし、「東海第2」も不可能とみている専門家は多い。というのは、あの大惨事に発展した東電・福島第一原発と同様に、東日本大震災が影を落すからだ。「東海第2」は、地震の激しい揺れで原子炉の運転が自動停止したものの、想定外の津波で非常用電源の一部を失った。その結果、福島第一のようなメルトダウンや水素爆発には至らなかったが、それでも冷温停止を実現して安定させるのに3日と9時間54分を要する綱渡りを強いられた。原因は、津波対策の不足だ。3台の海水ポンプのうち1台が水没して、ディーゼル発電機が停まってしまったのだ。そうした経緯を知る専門家や地元にすれば、日本原電の安全対策は決して及第点とは言えない。しかも、その対策が依然として道半ばだ。当初は今年12月の予定だった防潮堤の完成が2024年9月に延びている。こうした遅延は関係者の不審を増幅するものだ。
 加えて、再稼働の困難さに拍車をかけているのが、「東海第2」から半径30km圏内に約96万もの人が住んでいることだ。つまり、全国で、周辺住民の人口が最も多い原発なのである。再稼働には、この住民全員について広域避難計画を作る必要や、地元自治体の再稼働への同意を取り付ける必要がある。しかし、計画策定を終えた市町村は30キロ圏内にある14自治体のうち5市町村にとどまっている。そもそも、水戸地裁は昨年3月の判決で、この広域避難計画の策定の遅れなど理由に東海第2原発の運転差し止めを命じている。
仮に、こうしたハードルを今後クリアーできたとしても、「東海第2」は東京駅からおよそ120キロメートルしか離れていない。いざ再稼働となれば、首都圏全体で猛烈な反対運動が起こり、社会的な混乱に繋がる懸念がある。内閣のひとつやふたつ吹き飛んでもおかしくない問題を秘めている。

 東京電力の柏崎刈羽原発6、7号機も再稼働のめどが立っていない。この2基はこれまで、テロ対策などの不備が繰り返し露呈。今なお東京電力に福島第一原発事故の反省が欠如していることを明らかにした。行司役の原子力規制委員会は再稼働を禁じたうえで、年末まで再発防止策の検査を続けている。規制委の更田豊志委員長は記者会見で「検査は政府の再稼働方針によって影響を受けるものではない」と述べており、総理の肝入り案件になったからと言って審査に手心を加えることはないだろう。
 政府が柏崎刈羽原発6、7号機を再稼働させたいのならば、東電に柏崎刈羽原発を手放させて、他の運営主体を構築し、管理・運転を任せるといった抜本策が必要だ。そもそも、福島第一原発事故を引き起こした時点で、東電は原子力事業者失格だ。運営主体を変える措置がないと、国民から運転再開に理解を得られるとは考えにくい。

 最後が「次世代原発の開発・運用」だ。岸田総理は、2050年にカーボン・ニュートラルを実現するという視点のほか「GXを進める上でも、エネルギー政策の遅滞の解消は急務」と主張、「新たな安全メカニズムを組み込んだ次世代革新炉(=改良型軽水炉)の開発・建設」を打ち出した。2030年代初頭に設計を終え、1号機の製作・建設に着手。同機の商用運転を「2030年代半ば」から「2040年代半ば」にかけて開始するというのである。
 次世代革新炉は、耐震性を高めるほか、炉心の冷却手段を多様化することで、福島第一原発事故で起きたメルトダウン(炉心溶融)を引き起こしにくくするという。この次世代革新炉というネーミングも誤解を招くものだ。冷却に水を使う点で、「現在、内外で主流の軽水炉であることに変わりがないのに、乗りの軽い経産省の官僚らしいネーミングだ」と失笑を買っている。
 ちなみに、実際には、福島第一原発事故で比較にならないほど安全基準が厳しくなったことから、大手電力会社の中に本気で原発の新設やリプレース(建て替え)に取り組んでいるところはない。地元対策として原子力事業の存続について玉虫色の発言をすることはあっても、それは過去に巨額の投資をしてしまった既存原発の運転期間の延長に繋げたいための方便に過ぎないのである。
 旗振り役の経済産業省も、次世代革新炉の開発を名目に研究開発の補助金の予算を獲得したいだけで、日本でこうした原発が本当に商用化される日が来るなどとは考えていないとみられている。

 今回、総理が突如、歴代政権の方針を翻した背景としては、自民党が先の参院選に勝利し「黄金の3年」を手にしたことに着目、経済産業省がごり押しをしているとの見方も強い。
 しかし、既存の原発の再稼働の加速でも、次世代原発の開発・活用でも同じことだが、原発を再活用していくのならば、まずは福島第一原発の事故処理をほぼ終えたとか、完全に軌道に乗ったという状況にする必要がある。処理済み汚染水の海洋放出すら開始できないような状況は論外なのだ。
 加えて、すでに膨大になっている使用済み核燃料の問題もある。各地の原発は、すでにその敷地内の中間貯蔵のスペースが限界に近づきつつあるのだ。新たな中間貯蔵地をどう確保するかの議論が抜け落ちている。また、最終処分地がいまだに候補選びの段階にとどまっていることも、速やかに解決する必要のある課題だ。 山積みの懸案が片付いていない以上、原発の積極的活用という方策は、カーボン・ニュートラルやGX実現のための選択肢に加えることは許されない。

2022年08月29日

COLUMN

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