一般社団法人 グローカル政策研究所

町田徹 21世紀のエピグラム

東電旧経営陣に巨額賠償を命じた判決の影響とは。

 やっと高く評価すべき判決が出たー-。
 東京電力・福島第1原子力発電所の事故を巡る株主代表訴訟で、東京地裁は7月13日、旧経営陣4人に対し、「津波対策を怠った」として13兆3210億円の支払いを命じる判決を下した。一連の裁判で、旧経営陣の責任を認めた判決はこれが初めてだ。
 事故で避難を余儀なくされた人々によって、およそ30件起こされた集団訴訟では、最高裁が今年6月、法人としての東電の賠償責任を認めたものの、国の賠償責任を否定する判決を出したほか、勝俣元会長ら旧経営陣3人が業務上過失致死傷罪で強制起訴された刑事裁判の一審でも経営陣は無罪判決を得ている。
 上級審に進んだ場合、今回の判決が維持されるのかはまだわからないが、それでも原発事業者の経営責任を初めて重く捉えた司法判断として、筆者は高く評価したい。

 筆者は、銀行の社外取締役を6年務めた経験があり、電力会社のような公益事業の経営者に求められる経営判断がどういうものかはよくわかっているつもりだ。
 また、筆者は経済ジャーナリストとして、東日本大震災後、大事故を引き起こした東電・福島第一原発と、被災時に置かれた状況は福島第一に勝るとも劣らないほど過酷だった東北電力・女川発電所のケースを何カ月もかけて取材、それぞれを本にまとめたこともある。
 女川原発に対する取材で浮かび上がってきたのは、東北電力が昭和30年代の建設用地の選定段階から、多くの社員の出身地であり、その社員たちの親兄弟が住む土地である女川原発で「絶対に深刻な事故を起こさない」という覚悟を持ち、平安時代の地震や津波の検証にも励み、安全な高台を探して立地を決め、その後も追加の安全対策を怠らなかったという事実である。結果として、この原発は東日本大震災の際に大きな事故を起こさず、周辺住民の避難所の役割も果たした。
 一方、それとは真逆だったのが東京電力だ。同社は、原発の施設の調達コストを下げるため、高台だった建設予定地の土砂を削りとって海抜6m地点に原発を設置。以後も、東北電力が追加する安全対策を「無駄遣いだ」と決めつけたばかりか、国の知見が出ても安全対策をしなくてよい理屈や、安全対策を先延ばしする理屈探しを優先してきた。
 両者の間には、同じ原発事業者とは思えない、大きなギャップが存在したのだ。

 それゆえ、筆者はかねて、国の責任や東電経営陣の責任に対してあまりにも寛容な司法に違和感を抱かざるを得なかった。司法には、行政と対峙して、原発事故を扱う覚悟も能力もないとみなさざるを得なかったのだ。それだけに、今回はようやく真っ当な判断がなされたと考えている。

 では、今回の裁判でこれまでと大きく判断が大きく分かれた原因はどこにあるのだろうか。
 判断を分けたのは、政府機関が2002年に公表した「長期評価」という地震予測に基づいて巨大な津波の襲来が予想できたか、それに基づいて浸水対策を講じていれば深刻な事故を防げたかといった点に関する判断である。
 今回は、長期評価を「科学的信頼性を有する知見」と位置付け、旧経営陣の対応を検証。裁判官は、「最低限の津波対策を速やかに指示すべき取締役としての注意義務を怠った」と責任を認めたのだ。また、主要設備にきちんと浸水対策を施していれば、「重大事態を避けられた可能性は十分にあった」との判断も行った。
 そのうえで、勝俣元会長、清水元社長、武黒元副社長、武藤元副社長の4人に対して、13兆3210億円の賠償を命じたのである。内訳は、廃炉にかかる費用が 1兆6,150億円、被災者への損害賠償費用が 7兆834億円、除染などの対策費用が 4兆6,226億円となっている。総額13兆3,210億円という賠償額は、国内の裁判の賠償額としては過去最高とされる。
 株主代表訴訟については、いざという時に備える損害保険があるので、それに加入していたかどうかで、本人たちの実際の支払額は大きく変わってくるはずだ。また東電が会社として一定額を肩代わりする可能性も残っている。

 一方、国は早くから、原発の本格的な活用を再開する構えをみせていた。なかなか進まない再稼働の状況を一顧だにせず、去年10月に決定した第6次エネルギー基本計画でも、原発の電源構成比率を2030年度に20~22%に戻す目標を見直さなかったのだ。
 加えて、この夏や冬の電力不足が予想される中で、政府・経済産業省は原発の本格的な再稼働やリプレース、新設に向けた議論を早期に本格化する判断を固めているともみられていた。
 ところが、岸田文雄総理は参議院議員選挙の4日後にあたる7月14日に行った記者会見で、原発の再活用に関して、「私から経済産業大臣に対し、できる限り多くの原発、この冬で言えば、最大9基の稼働を進め、日本全体の電力消費量の約1割に相当する分を確保する」と述べるにとどまった。この9機という数は、東日本大震災後、これまでに再稼働を果たした原発数の10機を下回っているのである。昨年来の政府のスタン氏と比べると、自重した感は免れなかった。

 電力会社の経営陣も、今回のような厳格な判決が出れば、安易な運転再開やリプレース、新設に慎重にならざるを得ないだろう。
 筆者は決して原発の即時廃止論者ではない。しかし、ひっ迫し始めている使用済み核燃料の中間貯蔵のスペースや、いまだに決まらない最終処分地の問題を放置して、再稼働だけを推進することには賛成できない。また、あれほどの大事故を起こしながら、テロ対策での手抜きなどが後を絶たない東京電力に柏崎刈羽原発の運転再開をも認めることにも否定的だ。あえて柏崎刈羽を運転するのならば、東電以外の原子力事業者に任せるべきである。
 いずれにせよ、今回の判決は、そうした安易な原発の再活用に歯止めをかけるほか、原発全体の安全性の向上に役立つという観点から高く評価すべきだ、と筆者は考えている。

2022年07月19日

COLUMN

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