一般社団法人 グローカル政策研究所

町田徹 21世紀のエピグラム

NATOが30年ぶりに冷戦体制への復帰を宣言。
日本などアジア太平洋の4カ国とも連携強化。

 NATO(北大西洋条約機構)加盟30カ国は先月(6月)29、30の両日、スペインのマドリードで首脳会議を開催、今後10年の行動指針となる「戦略概念」を採択した。そのポイントは、ロシアを、欧米の安全保障にとって「最大かつ直接的脅威」としたうえで、中国についても「中国とロシアが戦略的連携を深め、ルールに基づく国際秩序を破壊しようとしている」と断じ、旧ソ連との冷戦終結から30年ぶりに、ロシア、中国との新たな冷戦時代の到来を告げたことだ。NATOは首脳会議で、スウェーデン、フィンランドの北欧2カ国のNATO加盟手続きの開始を正式に決定したほか、NATO軍の増強、日本などアジア太平洋諸国との連携強化といった戦略も打ち出した。NATOのパートナーとしても、日本は安全保障政策の抜本的な転換を求められている。

 NATOの「戦略概念」改定は、2010年以来のことだ。これまでの「戦略概念」で「戦略的パートナー」としてきたロシアの位置づけを大きく転換したのが最大の特色だ。
 新「戦略概念」を採択したNATO首脳会議について、NATOのストルテンベルグ事務総長は、「同盟を変革し、強化する決定を下した」と、首脳会議の成果を強調した。

 加えて、新「戦略概念」は、中国についても「中国と建設的な関係を築くための扉は開かれている」としつつも、「中国はわれわれの利益、安全保障、価値に挑み、法に基づく国際秩序を壊そうと努めている」「中国とロシアの戦略的協力関係の深化はわれわれの価値と利益に反する」と強い警戒感を表明。
 「われわれは中国が欧米の安全保障に突き付ける体制上の挑戦に対応し、同盟国の防衛と安全を保障するNATOの能力を確保すべく、責任を持って取り組む」との決意を明確にした。
 そのうえで、「インド太平洋地域の発展は欧州・大西洋地域の安全保障に直接影響を及ぼし得るため、NATOにとって重要」「われわれは地域をまたぐ課題や安全保障上の共通の関心事に取り組むため、インド太平洋地域の新規および既存のパートナーとの対話や協力を強化する」として、民主主義などの価値観を共有する日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランドの4カ国首脳をNATO首脳会議に招いたうえで、これら4カ国との間で安全保障面での連携を強化することに合意して見せた。

 首脳会議の合意事項では、NATO軍の増強も見逃せない。ロシアに近い欧州東部方面の防衛態勢の抜本的な増強のため、有事の際に即座に投入できる「即応部隊」を、現在の4万人規模から30万人を超える規模に拡大することを決定した。これに呼応する形で、米国のバイデン大統領は現地で、東欧への初の常駐部隊としてポーランドに前方司令部を置くと表明した。

 また、トルコが首脳会議直前になって反対姿勢を転換したことを受けて、首脳会議は、スウェーデンとフィンランドのNATO加盟手続きの開始に正式に合意した。これにより、NATO加盟国間の結束の強さをロシアや中国に対してアピールして見せた形にもなった。両国の加盟は、今後数カ月から1年ほどの間に実現すると期待されている。
 さらに、NATOの「戦略概念」には、「ジョージア(グルジア)とウクライナを巡る2008年の首脳会議などでの決定を再確認する」との文言も明記されている。この文言の意味は、将来の両国のNATO加盟に関する合意が今なお、健在であることを広言することにある。

 こうした一連の転換を、ストルテンベルグ氏は「冷戦後最大の防衛力見直し」と称して、「(われわれはロシアの暴挙に)結束で応じた」と胸を張って見せた。
 ロシアのプーチン大統領は、ウクライナへの侵攻に至る過程で、再三にわたって、NATOに東方への不拡大を要求したばかりか、ウクライナ侵攻ではNATOが飛び火を恐れてウクライナとの同盟関係の遮断に向かうと読んでいたフシがあるが、それらの目論見はことごとく大きく外れた格好なのである。

 NATO首脳会議の開催中に、ロシアのプーチン大統領は訪問先の中央アジアのトルクメニスタンで記者団に対し、「われわれは鏡のように対応し、同じ脅威を与えなければならないことを明確に理解すべきだ」と述べて、NATOとの境界線での軍備増強を示唆。スウェーデンとフィンランドのNATO加盟を強くけん制した。
 プーチン氏としてはいら立ちが隠せなかったのだろうが、ロシアのウクライナ侵攻に秘めていた思惑が外れて、逆に70年もの間、中立を守ってきた北欧2カ国のNATO加盟やNATOとアジア太平洋諸国の連携、そしてNATO軍の増強などを促す結果を招いたことは、他ならぬプーチン大統領の大失策と言うしかないだろう。

 表向き、中国も、新しいNATOの「戦略概念」に対して、強い反発を見せている。中国外務省の趙立堅副報道局長は6月30日の記者会見で、「冷戦思考とイデオロギーの偏見に満ちており、断固反対だ」と声を荒げた。同氏は、「中国の脅威を誇張しても全く無駄だ。NATOは直ちに中国へのいわれのない非難と挑発的な言論をやめ、時代遅れの理念を放棄しなければならない」と反論した。
しかし、実際のところは、中国にとって、台湾への軍事侵攻を行えば、西側がどんな反論をするかを知るうえで重要なケーススタディになったはずである。
ただ、この段階で、想定外の包囲網の対象に組み込まれたことは、中国の習近平・国家主席にとっても大変な誤算で、ロシアのウクライナ侵攻が迷惑な側面があったことも否定できないはずである。

ひるがえって、日本はどうするのか。
ロシアのプーチン大統領は6月30日、早くも極東の資源開発事業「サハリン2」の運営を新会社に移管するよう命じる大統領令に署名し、エネルギー安全保障の観点から日本に揺さぶりをかけてきた。
今後、東アジアで有事が起きた際には、ウクライナが現在やってみせているようなSNSや衛星、ドローンを使った情報戦で、戦闘を遂行するだけでなく、国際世論作りでも情報戦を戦い抜く力が必要だ。軍事面での自国防衛に努める一方で、G7(主要7カ国)やEU(欧州連合)、NATOとの連携を主導していかなければならない立場にも、日本は立たされている。
第2次世界大戦の終結から87年にわたって平和に恵まれてきた日本には、官民ともに、そうした戦略、体制、ノウハウが整っているとは思えない。事は、単に防衛費を2倍にするというような単純な話だけではないと肝に銘じるべきだろう。

2022年07月04日

COLUMN

町田徹 21世紀のエピグラム 一覧