一般社団法人 グローカル政策研究所

町田徹 21世紀のエピグラム

総理が策定を指示した物価高対策に求められること

 米国の首都ワシントンで4月20日に開催されたG20(20カ国・地域)財務大臣・中央銀行総裁会議が、恒例の共同声明の取りまとめに漕ぎつけることなく、閉幕した。席上、ウクライナに侵攻したロシアを非難する声が相次ぐ中で、米国、英国、カナダの3カ国代表がロシアの発言を前に途中退席するという異例の場面もあったという。今年は、1999年のG20財務大臣・中央銀行総裁会議の創設から23年目にあたる。世界経済の安定的な発展の要とされてきた先進国と新興国の連携の枠組みが大きく揺らぎ、国際社会は憂慮すべき事態に直面している。

 G20が創設されるきっかけになったのは、1997年のアジア通貨危機だ。1999年のG7(主要7か国)財務大臣・中央銀行総裁会議で、財政政策の責任者である財務大臣と金融政策を担う中央銀行総裁が参加するG20財務大臣・中央銀行総裁会議の創設に合意。この年に初会合が開催された。
 その後、G20の役割が決定的に高まったのは、2008年9月のリーマン・ショックの勃発の際である。米国発の経済危機によって大きな打撃を受けた先進各国が、高い成長力と財力を獲得しつつあった中国、インド、ロシア、ブラジルなどの新興国に着目、これら新興国にも世界経済をけん引する役割を分担させようと考えたのである。そして、同2008年11月、初めてG20の首脳が一堂に会するG20サミット(首脳会議)が開かれた。
 今や、G20は世界の国内総生産(GDP)のおよそ8割を占める巨大なパワーだ。20か国・地域の協力する狙いは、経済危機の脱却から世界経済の安定的な発展に変わり、協力対象の分野も地球温暖化対策やテロ対策、貧困の撲滅など広範囲に拡大してきた。

 そんなG20に変調の兆しが見え始めたのは、米国のトランプ前政権の時代だ。当時、米国と中国の間には経済の覇権を巡って激しい貿易摩擦が勃発していた。トランプ米政権は、民主主義言う価値観を共有する欧州連合(EU)とも安全保障、貿易を巡って軋轢を生じさせる有様で、G7が不協和音に揺れた。ましてや、政治体制が異なる国々が集まるG20の場では結束が難しくなっていた。

 そうした中、連携を維持するうえで、さらなる大きな障害となって立ちふさがったのが、今年2月に勃発したロシア軍によるウクライナへの侵攻だ。今回のG20財務大臣・中央銀行総裁会議は、ロシアのウクライナ侵攻が始まってから初めて迎えるG20の閣僚級の会議であり、G20の今後を占う重要な会議になると目されていた。会議の前から、日米欧のG7諸国がロシアに出席を控えるよう迫る一方で、中国やインド、ブラジルは参加すべきだと主張、対立が露わになっていた。

 会合閉幕後の記者会見で、今年のG20議長国であるインドネシアのスリ・ムルヤニ財務大臣は、戦争について「参加国から速やかな終結を望む声があがった」とか、「参加国の全員がG20での協調を続けるよう望んだ」と、G20の枠組みが危機に直面しているとの見方を懸命に否定した。
 しかし、会議の席上、オンラインで参加したロシア代表のシルアノフ財務相の演説の前に、ロシアの釈明を聞く耳はもはや持たないとばかりに、イエレン米財務長官らが示し合わせて英国、カナダ両国の代表とともに会議から退場したのは、紛れもない事実である。
 日本からは鈴木俊一財務大臣と黒田東彦日銀総裁が参加したが、鈴木大臣は最後まで退席せずに「一刻も早く戦争を終結させるため、ロシアへの制裁措置に国際社会が一致団結すべきだ」と主張したという。また、会合後の記者会見では、大臣自身が、ロシアの行為を最大限の言葉で批判したとも語っている。
 一方、外電によると、ロシアは経済制裁による「被害」を各国に訴えた。ロシアばかりか中国も、ロシア軍のウクライナ侵攻という根本的な問題を棚上げにして、西側諸国の対ロシア制裁の経済的影響に懸念を表明したという。
 最終的に、今回の会合は、慣例となっているG20としての共同声明のとりまとめに失敗した。世界経済の懸念材料となっているインフレ圧力の高まりについても、議長声明で「世界で予想よりも早く金融引き締めにつながる可能性がある」などと警戒感を示すにとどまった。G7を中心とする西側諸国と、ロシアや同国を支持する中国などの新興国の関係に、大きなひびが入ったことは覆い隠しようがない現実である。
 今回の会合の混乱で、漁夫の利を得た国があるとすれば、それは中国だろう。デフォルト(債務不履行)の危機に瀕している途上国の対外債務問題では、中国が融資取引の実態開示を拒んでいることが解決を難しくしているとされるが、G20はその問題に切り込むことができなかったのだ。

 途上国の債務問題だけではない。本来ならばG20が取り組むべき世界経済の課題は山積している。
 その第一は、いまだに終息には程遠い新型コロナウイルスの感染対策だ。G20では現在の対策資金の供給と、将来のパンデミック(世界的大流行)に対する金融面の備えを打ち出す必要がある。
 また、新型コロナ禍からの回復局面に、ロシアのウクライナ侵攻が重なり、世界経済が、資源や食料など幅広い分野で価格の高騰、インフレ圧力にさらされている問題もある。米連邦準備理事会(FRB)など先進各国の中央銀行が進める利上げが、債務過多の途上国の通貨の安定を揺るがす問題も深刻だ。
 なにより、地球温暖化対策では、中国、インド、ロシア、ブラジルなど温暖化ガスの排出大国がずらりと並ぶ新興国の協力なしに、温暖化を阻止することは不可能だ。

 今年11月には、G20首脳会議が開催される予定だ。そこでは、ロシアのプーチン大統領を排除する動きが活発化して、とても国際社会の連携など望めない事態に陥りかねない。ウクライナの戦争の停戦や戦争犯罪の解明を早期に進めることで、国際社会の分断の流れを食い止め、改めて連携の再構築に努めることが、類を見ない急務になっている。

2022年04月25日

COLUMN

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