一般社団法人 グローカル政策研究所

町田徹 21世紀のエピグラム

防衛力強化に欠かせない視点

 日本の防衛政策の柱である「専守防衛」が見直しを迫られている。陸上配備型の迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の配備計画が2019年6月に頓挫したことを契機に、東アジアの軍事的な緊張の高まりも相俟って、「敵基地攻撃能力」の確保がクロースアップされているのだ。岸田総理も、就任前の昨年の自民党総裁選の段階から「(敵基地攻撃能力を含めて)あらゆる選択肢を排除せず現実的に検討したい」と繰り返してきた。遠からず見直しが決まり、潤沢な予算が割り当てられるだろう。しかし、そうなった途端、突き当たるであろう難問がある。必要な装備や兵器をどう調達するか、である。というのは、日本の今の産業界にこれを担う能力も意欲もあると思えないからだ。
 政治の街・永田町では防衛論議が花盛りだ。岸田政権も、今国会で経済安全保障法案を可決することを手始めに、年末までに防衛に関する3つの公的文書(外交・防衛の基本方針となる「国家安全保障戦略」、おおむね10年間の防衛力のあり方を示す「防衛大綱」、5年間の防衛費の見積もりや装備品の数量を定める「中期防衛力整備計画(中期防)」)を改定し、来年の通常国会には防衛力強化法案を提出する腹積もりのようだ。
 「一寸先は闇」と言われる政界にあって、実際に、岸田政権によってそうした法案が提出されるかどうかはさておき、防衛費をGDP比で2%程度と現行のおよそ2倍に増やすことが不可欠とのムードが高まっている。
 確かに、北朝鮮は今年に入って7回もミサイルを発射した。これらの中には迎撃が非常に難しい「極超音速ミサイル」が含まれていたと防衛省も認めている。ところが、国連安保理は中国とロシアのサボタージュで毅然とアクションを取れないし、同盟国の米国の対応も決め手を欠いている。一方、中国は極超音速ミサイルを既に実戦配備したとされるだけでなく、中距離核兵力の増強にも余念がない。頻繁に、軍用機による台湾の防空識別圏への侵入も繰り返している。東アジア地域の軍事的緊張の高まりを看過することはできない。
 「敵基地攻撃能力」について、政府はまだ何を指すのかを明確にしていない。が、1950年代に登場した概念である、この言葉に囚われず、相手に戦端を開くことを思いとどまらせる「抑止力」を確保するためには、相応の「打撃力」の向上が欠かせないだろう。
 日中間や日朝間の物理的な距離を考えると、日本には、航空母艦のような兵器は必要性が乏しそうだ。半面、ミサイルや航空兵力の充実、中国を東シナ海や南シナ海に封じ込めて自由に太平洋で活動させないための潜水艦は必要だろう。また、敵兵器の機能をマヒさせるジャミング技術や、サイバー、宇宙全般の安全保障技術の開発・実用化、経済・社会インフラを含めたセキュリティの強化も重要になるとみられている。
 自衛隊ではなくて、海上保安庁の担当だが、中国海警による尖閣諸島の接続海域や領海への度重なる侵入をみると、南西諸島の警備や治安維持にも力を注ぐべきなのは明らかだ。
 では、いったい、いくらの防衛費が必要なのか。今年度の日本の防衛関係費は5兆1,235億円で、中国の国防予算額のおよそ4分の1にとどまっている。中国どころか、日本の防衛費は事実上、2018年にお隣の韓国にも抜かれた。物価などを考慮した購買力平価で換算すると、韓国の人口1人当たりの国防予算は日本の2.4倍にのぼったのだ。日本の財政は長年赤字を放置してきたツケで非常に厳しいものの、それでも日本が相応の防衛費負担を覚悟すべき時代に突入したと言える。
 防衛予算の増額のめどになるのは、トランプ前政権時代に米国が北大西洋条約機構(NATO)加盟の同盟国に要求したGDP比で2%以上という水準だ。
 だが、こうした特需が現実の予算となった時の受け皿は懸念せざるを得ない。日本に、単独で高度な武器を製造できる技術力を持つ防衛メーカーがあるのか疑問だからだ。筆者がそれ以上に気になっているのは、戦前から防衛産業に従事してきた大手のメーカーでさえ、「防衛産業が売り上げに占める割合は10%にも満たないのに、今さら死の商人のレッテルを貼られたくない」とか、「自衛隊の仕事は利益率が低く割に合わない」「投資家の要求に応えるために、防衛は撤退・縮小したい分野だ」というところが増えていることである。
 かつて「外部不経済」の典型で、ビジネスには向かないとみられていた環境ビジネスは、世界的なカーボンニュートラルの潮流の中で欧米を中心にカーボンプライシングの導入が本格化していることもあり、ファイナンスが容易になり、成長産業として脚光を浴びている。一方で、こういう分野とは対照的に、防衛・軍事産業は一般の上場企業のビジネスとしては衰退しかねない状況にあるのだ。
 筆者は、運用利回りと国策の遂行の二兎を追う現行の日本の政府系ファンドのあり方には懐疑的だ。が、防衛産業を国有化するための巨額資金を持つ防衛ファンドを設置することには一考の余地があると思う。大企業の防衛・軍事部門を買い取って、戦前の海軍工廠のような形で国営化して取り組むような形にでもしないと、日本の防衛力強化に必要な兵器や装備品の提供に真摯に取り組む日本企業はほとんど出て来ないだろう。「専守防衛」の見直しを機に特需が出ても、中国をはじめとした海外の軍需産業の格好の食い物にされかねない。

2022年02月07日

COLUMN

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