一般社団法人 グローカル政策研究所

町田徹 21世紀のエピグラム

WTAが、中国で行われる全ツアーの中止を発表。
問われる習近平体制の対応。

 女子テニス協会(WTA)は12月2日、香港を含む中国国内で開催を予定していたWTAツアーを全てキャンセルすると発表した。中国のプロテニス選手、彭帥さんが中国共産党元幹部から性的被害を受けたと告白した後、消息不明となっていた問題を懸念しての措置という。来年2月に開催が迫った北京冬季オリンピックの政治的ボイコットの動きに拍車をかける可能性や、中国マネーに屈しないスポーツ団体の登場が中国の政治体制や人権問題に一石を投じるかなど、その影響が注目されている。
 恥かしながら筆者は、このニュースが出るまで知らなかったが、昨年、新型コロナウイルスのパンデミック騒ぎでスポーツの国際大会が相次いで中止されるまで、年間70前後ある女子テニスの国際大会のうち10弱が中国で開催されていた事実がある。2030年までの10年間にわたって、中国・深圳でWTAファイナルを開く契約があったことなども勘案すると、今回のWTAの決断はスポーツ団体として非常に勇気のあるものだったと言える。
 彭帥さんの問題は、中国共産党の元最高指導部メンバーで、中国の元副首相だった張高麗氏に性的関係を強要されたとか、長年にわたって愛人関係にあったといったことをSNSで自ら告白した後、投稿がネットから削除されたばかりか、本人も消息不明になっていたということに端を発したものだ。
 その後、「今は自宅で休んでおり、問題はない」という内容の本人が書いたとされるメールが公開されたものの、WTAのサイモンCEO(最高経営責任者)はこの書き込みが彭帥さん本人によるものかさえ、懐疑的に見ているという。
 もともとWTAは1970年代に、女子のプロテニス選手の権利の保護を標榜して設立された団体だ。このため、今回も「中国は、非常に深刻な問題に対して信頼できる方法で対処していない」と指摘、中国でのWTA主催のテニス大会のキャンセルを打ち出し、彭帥さんの支援だけでなく、そもそもの設立目的を貫く形ともなっている。男女を問わず、多くの著名選手や元プレーヤーも相次いで、WTAの決定を支持するコメントを出している。
 一方、このWTAと対照的に、中国マネーに媚びる対応だと批判を浴びているのが、国際オリンピック委員会(IOC)だ。同委員会のバッハ会長が11月21日と12月2日の2回にわたり、彭帥さんとビデオ通話を行い、無事を確認したと発表したからだ。彭帥さんが軟禁されている可能性が取り沙汰されている中での発表に、IOCは来年2月に北京冬季オリンピックを控えていることから、彭帥さんの安全への配慮はそっちのけで、オリンピックを成功させたい中国政府と連携して事態の沈静化を目論んでいると集中砲火を浴びているのである。
 また、騒動の渦中にある張氏の立場も定かではない。日本での報道を見る限り、元高官ゆえに張氏が守られ、彭帥さんは軟禁されているとみなす説と、張氏が習近平・国家主席と対立する立場にある江沢民・元国家主席に近いとされることから陥れられたとみる説があるようだが、真実は藪の中である。
 今回の問題が想起させるのは、2017年に米国人の歌手で女優のアリッサ・ミラノさんが性被害を受けた経験のある女性たちに声を上げるようツイッターで呼びかけて火が付いた「# Me Too」運動である。彭帥さんのケースは、通常ならば、中国のような体制の国では表面化も社会問題化もしにくいところだろう。が、今回は、これだけ世界的な関心を集めたうえ、習近平体制下の中国政府が何としても国威発揚に繋げたい北京オリンピックが迫っているだけに、その対応が注目される。女性の人権運動は世界的なうねりだけに、この問題は強固だったはずの中国の共産党1党支配体制すら揺るがせかねない。
 まず、必要なのは、バッハ会長が行ったビデオ通話のような限定的なものではなく、彭帥さんが海外でのテニス大会に出場するなど、公の場に姿を現して自由に行動できる状況にあることを、WTAを含む国際社会が確認できるようにすることだ。加えて、張氏との関係を投稿したのが誰なのか、その告発内容、幽閉の有無なども合わせて透明性のある形で解明されないと、中国の政治体制や人権に対する不信感は払しょくできないし、国際世論も納得しないはずである。
 展開次第では、日本国内でも、北京オリンピックの政治的ボイコットを求める声が勢い付く可能性がある。日本政府はこれまで、香港や新疆ウイグル自治区の人権問題などで主要先進国では唯一、中国への制裁措置を採らず、毅然とした姿勢を示して来なかった。今回も引き続き同じような態度をとり続ければ、岸田政権の支持率が急落するリスクもある。性根を据えた対応が求められている。

2021年12月06日

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