一般社団法人 グローカル政策研究所

町田徹 21世紀のエピグラム

グラスゴー合意が日本に課した課題。
岸田政権は炭素税導入で指導力を発揮できるか。

 イギリスのグラスゴーで197カ国・地域が集まり、地球温暖化対策を話し合った第26回気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)が11月13日、予定の会期を1日延ばし、成果文書「グラスゴー気候合意」を採択して、閉幕した。会議では中国やインド、ロシアといった二酸化炭素(CO2)の排出大国が最後まで抵抗、議長国の英国やCOP事務局が目指したほどの成果をあげられなかったものの、一定の前進はあり、その合意は、温暖化ガス排出大国だけでなく、日本も大きな宿題を背負う結果となっている。

 まずはグラスゴー気候合意の要点を見ておこう。ポイントは3つある。
 第1は、2030年までの排出削減目標の前倒しだ。宣言は、人間の活動が原因で、すでに地球の平均気温が産業革命の前との比較で1.1度程度上昇し、その影響が各地で生じていることに「最大限の懸念を表明する」としたうえで、気温上昇をパリ協定の主たる目標だった「2度」ではなくて、「1.5度に抑える努力を追求する」ことを打ち出した。そして、各国に対し、「達成するため、来年末までに必要に応じて2030年目標の再検討や強化を要請する」と明記した。
 第2は、石炭火力発電の削減問題である。COP26の最終局面で、インド代表が宣言案の「排出削減対策を講じていない石炭火力発電の段階的な廃止を加速する」という表現に反対意見を表明したことを受けて、議長国イギリスは「段階的な削減を加速する」とマイルドな目標に変更せざるを得なかった。
 これに対して、多くの参加者は骨抜きだと失望を隠さず、シャーマ議長(英国の前ビジネス大臣)が全体会議で謝罪する一幕もあった。
 とはいえ、グラスゴー気候合意には、これとは別に「化石燃料に対する補助金の段階的な廃止」という文言も盛り込まれた。石炭火力や化石燃料の縮小の方針が国際会議の合意文書にこれほど明確な表現で盛り込まれたのは初めてだ。
 第3は、先進国から途上国への資金支援が遅れている問題だ。去年までに年1000億ドルの資金を提供するという公約が果たされていないことについて、グラスゴー気候合意は「深い遺憾の意を表する」と批判。「先進国に対し、目標を早急に達成し、2025年まで(資金支援を)続けるよう求める」と釘を刺したのである。

 このグラスゴー気候合意のより誠実な履行を迫る要因となりそうなのが、11月24日に成立したドイツの中道左派政党「社会民主党(SPD)」と「緑の党」、「自由民主党(FDP)」の3党が連立政権の樹立で合意したことだ。新政権は12月に発足し、SPDのショルツ財務相が引退する「キリスト教民主同盟(CDU)のメルケル首相の後任に就任するほか、緑の党が外務大臣ポストを獲得することが決定した。
 しかも、連立合意文書には、気候変動分野で野心的な目標がずらりと並んでいる。2030年に再生可能エネルギーが占める比率の目標をこれまでの65%から80%に高めるとしたほか、石炭火力発電の廃止時期も現在の2038年から、「理想的には」としつつも2030年に前倒しすることを目指す、といった具合なのだ。2045年のカーボンニュートラルの実現に向けて、ドイツは構造改革を急ぐ構えを見せたと言える。
 日本にとって見逃せないのが、このドイツが来年、G7議長国に就任することだ。G7諸国に、先進国として気候変動対策で新興国や途上国をリードするお手本を示すよう迫ってくるのが確実だ。特に日本に対しては、再来年、議長国になることを念頭に、ドイツとの連携強化を求めて来ると見て間違いないだろう。結果として、気候変動対策の前倒しが避け難くなることが予想される。

 では、日本は何に、どう取り組むべきだろうか。
 わが国は、2030年までに温暖化ガスの排出を2013年に比べて46%減らすことを公約している。そこで、2030年までの状況を考えると、経済成長率は「年率2%前後」という政府のバラ色の予測は非現実的で、実際は0%前後で推移すると見られる。人口減少も進んでおり、産業構造の変化を勘案すれば、目標の6割ぐらいは、言わば“自然減”で達成できるかもしれない。
 だが、フルに46%減を実現するためには、CO2の垂れ流しが外部不経済でコストフリーの現状を改めて、経済的なコスト負担を伴う仕組みに変えるカーボン・プライシングの導入が不可欠だ。それには、鉄鋼業界などの素材産業を優遇している現行の石油石炭税や、徴税の根拠がなくなっているのに課税が続いている自動車・ガソリン関係の諸税を廃止して、国内の経済活動を新たに導入する「炭素税」で網羅するほか、温暖化対策がなされていない国からの輸入品に税を課す「国境炭素税」を新設する大税制改正が不可欠と言えるのだ。
 経済産業省と環境省が対立し、財務省がその状況を「調整未了」として知らぬ顔を決め込んでいる状況を、岸田総理のリーダーシップで突き破れるかが最大の焦点になるだろう。
 岸田政権が11月19日決定した過去最大の55.7兆円の財政支出を伴う巨大経済対策の結果、日本が新型コロナウイルス危機を克服して経済が安定したら、巨額歳出のツケが巨大増税として国民に回されることは避けられない。
 欧州連合(EU)はすでにスペインやイタリアのコロナ危機支援に費やした財政支援の財源として、国境炭素税の制度設計を始めている。こうした対応が世界の流れなのだ。乗り遅れれば、日本からの輸出品が狙い撃ちされる懸念もある。

2021年11月29日

COLUMN

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