一般社団法人 グローカル政策研究所

町田徹 21世紀のエピグラム

給付金のバラマキが財政を逼迫しない工夫を!
見逃されている必要な税制改革とは?

 第49回衆議院総選挙は、自民、公明の連立与党が絶対安定多数を確保して政権を維持することになった。選挙後、喫緊の課題は、岸田総理が年末までに「数10兆円」規模のものを策定すると打ち上げ、公明党が個別の施策として公約した「0歳児から高校3年生一律10万円」の給付金を含む、経済対策の実行だ。すでに先進国で最悪の財政赤字が一段と深刻になることを防ぐには、しっかり財源を確保する必要がある。
 政権維持が決まった連立与党の喫緊の課題は、新型コロナウイルス感染症の第6波を防ぐことと、未曽有のマイナス成長に見舞われた経済の立て直すことの2つである。
 新型コロナ対策では、厚生労働官僚と政府の“感染症対策の専門家”と言われる人たちの人事面での刷新が不可欠だ。この人たちは、新型コロナウイルス危機の初期段階で、「PCRなどの検査には誤差がある」と主張、検査体制作りを怠った。今なお、他の先進各国に比べて出遅れている検査体制の整備に消極的だ。彼らは安倍政権の時代から居座り、菅前総理1人に失敗の責任を押し付けた。岸田総理への交代で有耶無耶になっているが、まずは人材の入れ替えが必要である。さもないと、第6波の予防や、到来した場合の感染の抑え込みは難しい。
 この直接的なコロナ対策と並んで重要なのが、2008年に勃発したリーマンショック以来の歴史的なマイナス成長に落ち込んだ経済と人々のくらしを立て直すための経済対策だ。
 とはいえ、総選挙で、与野党がバラマキ合戦に興じ、なりふり構わずに有権者の歓心を買おうとした傷跡は深い。前回も本コラムに書いたが、日本が世界第2位の経済大国の座から滑り落ちた後も長年にわたって成長軌道に回帰できない中で、今回の新型コロナウイルスのパンデミックに襲われた。未曽有の危機の中で、財政・金融の両面で過去にない政策的な大盤振る舞いを強いられたという状況認識を与野党は欠いていた。米中両国経済のもたつきや英、露、東欧での感染再拡大など下振れリスクは残るものの、すでに米連邦準備理事会(FRB)や欧米各国の政府が増税論議に着手するなど手仕舞いの動きが出ていることに目を向けず、今回の選挙でコロナ対策のバラマキを拡大する公約を競ってしまったからだ。選挙で公約した以上、野放図なものとはいえ、不履行は許されない。
 加えて気掛かりなのは、岸田総理が来年の参議院議員選挙に向けて、野党が公約したような人気取りのバラマキの誘惑にかられかねないことである。
 歯止めとして、歳出面で必要なのが、経済対策の精査である。個人給付金を例にとると、自民党は非正規雇用者、女性、子育て世帯、学生、コロナで困っている人々を対象に挙げた。前述のように、公明党は、0歳から高校3年生まで全ての子どもを対象にして、金額も「一律10万円」と明言してきた。だが、日本にはコロナ下でも所得がそれほど減らなかった世帯や、逆に所得が増えた世帯もある。そうした恵まれた世帯の子供にも一律で10万円を支給することが合理的なのか。対象や金額、配布方法をしっかり精査する必要がある。
 次に、今、政府に残っている財政資金の検証も重要だ。政府はすでにコロナ対策として、3度にわたり合計73兆円の補正予算を編成した。このうちの30 兆円が今2021年度に繰り越され、内閣府が今年7月にまとめた予算消化状況から推計すると、なお16兆円程度の予算が未消化のはずである。未消化の事業がまだ必要なのか検証して、優先度が低ければ他の事業の予算に組み替えなければいけない。
 加えて、今回の経済対策を将来の財政運営の足枷にしない工夫も求められる。そのために有効と考えられるのが、環境税や炭素国境調整措置(CBAM)を導入し、コロナ対策のために発行する国債の償還資金に充てる施策だ。炭素税やCBAMを現行の石油・石炭税の廃止とセットで導入すれば、すべての経済主体への増税となることを防ぎつつ、発電時にCO2などの温暖化ガスを出さない再生可能エネルギー由来の電気などへの乗り換えを円滑に進める効果が期待できる。
 国内では、化石燃料に大きく依存している企業を中心に反対が根強いが、炭素税には市場メカニズムだけでは手放すインセンティブが生じにくい化石燃料に大きく依存するシステムのコストを押し上げて、再生可能エネルギーへの投資と活用の意欲を高める側面がある。政府の掲げるカーボン・ニュートラルの実現のうえでも不可欠な政策と言える。
 また、EU(欧州連合)は、コロナ危機で大きな影響を受けたイタリアやスペインに支援した財政資金の穴埋めとして、温暖化対策が不十分な海外企業からの輸入品に炭素税をかけるためにCBAMを導入する方向で、執行機関の欧州委員会(EC)がEU法として具体化する方針を表明している。コロナ対策の財源として、炭素税やCBAMからの税収を充てることは決して荒唐無稽なアイデアではない。
 国会では、コロナ対策の財政資金の管理を、東日本大震災の復興資金と同様に、一般会計から切り離して特別会計で管理してはどうかとの議論が出たことがある。ただ、震災は被害が広範囲に及んだとはいえ、全国レベルで見れば地域が限定的だったため、国民や企業に増税を受け入れる余裕があったが、コロナ危機は影響が全国レベルのため、所得税や法人税の増税のコンセンサスを取り付けるのは難しいという意見が多く、特会を設置する議論が空中分解したとされている。
 実際、東日本大震災の復興特別税は、個人の所得税の増税期間が25年の超長期に及ぶことから、納税者の不満が根強い。また、増税で財源を確保したことが仇になり、歳出の精査が甘く、2011年度から9年間に投じた予算が37兆円を超えたことへの批判もある。1995年1月に発生した阪神大震災の予算(6.1兆円)と比べると大き過ぎるというのだ。
 このため、コロナ対策に炭素税やCBAMを充てるなど、個人に負担をかけ過ぎない配慮が重要である。

2021年11月1日

COLUMN

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