一般社団法人 グローカル政策研究所

町田徹 21世紀のエピグラム

揺さぶられる日本のミサイル防衛。
北朝鮮の極超音速ミサイルは従来を上回る脅威に。

 北朝鮮の朝鮮労働党機関紙「労働新聞」は10月1日、同国の国防科学院が新たに開発した対空ミサイルの発射実験をこの前日(9月30日)行ったと伝えた。北朝鮮は、弾道ミサイルや長距離巡航ミサイルの発射を繰り返している。一方、国際連合は1日、非公開で安全保障理事会を開催したものの、中国とロシアの反対で北朝鮮非難声明の取りまとめに失敗、改めて無力さをさらけ出した。北朝鮮が発射した一連のミサイルの中には開発中とされる極超音速ミサイル「火星8型」も含まれるとされ、日本や韓国のミサイル防衛が無力化されかねないリスクをあることは看過できない問題だ。
 「国連安全保障理事会決議に違反する弾道ミサイル技術を用いたものだと判断した。極めて遺憾だ」――。加藤勝信官房長官は先月30日の記者会見で、北朝鮮が同28日に発射したという極超音速ミサイルについて強い調子で非難、北京の大使館ルートを通じて厳重に抗議したと説明した。あわせて「情報収集や分析にあたっている」と述べ、米国や韓国と連携して警戒監視にあたることも強調した。
 加藤長官が苛立ちを露わにしたのは無理からぬことだ。北朝鮮メディアが主張するように9月28日に発射されたのが新開発の極超音速ミサイル「火星8型」だとすれば、そのミサイルがすでに「極超音速」の定義通りにマッハ5以上で飛行する能力を備えているかどうかは別にして、これまでの弾道ミサイル以上の脅威になりかねない。
 というのは、一般的な弾道ミサイルが放物線を描いて標的に向かって来るのに対し、極超音速ミサイルは、マッハ5以上の速度で上下左右に変則的な軌道を取りながら標的に向かって来る性質があり、日本が構築しようとしていたミサイル防衛システムを無力化しかねないからである。弾道ミサイルならば、予め進路を予測して迎撃することが可能とされているが、極超音速ミサイルではそうした予測が極めて困難になるのである。
 もちろん、日本としては、加藤長官が述べたように、まずは正確な情報の収集を急ぐ必要がある。しかし、近い将来、北朝鮮が極超音速ミサイルを実戦配備する能力を備えているのならば、弾道ミサイルを想定してこれまで構築してきたミサイル防衛システムの有効性が揺らぎかねない。
 ちなみに、極超音速の開発で先行しているとされてきたのはロシアだ。ロシアは2019年に極超音速ミサイルシステム「アバンガルド」を世界で初めて実戦配備。米国のミサイル防衛網を突破する能力があると誇示してきた。
 中国も2019年10月の軍事パレードで極超音速ミサイル「東風17」を公開。これを受けて、米国は国防総省が2020年の年次報告で「中国は極超音速兵器の開発と実験を極めて重視している」とその脅威を認めた。
 対抗上、米国も極超音速兵器の開発を急いできた。9月27日には国防総省傘下の国防高等研究計画局(DARPA)が極超音速ミサイルの発射実験を実施、音速の5倍以上の速度での飛行に成功したと明らかにしたばかりだ。この時の声明は、新型ミサイルが「米軍にとって非常に効果的な手段になる能力を示した」と、ロシアと中国に対する遅れをある程度取り返したことを強調していた。
 一方、国連は今回、北朝鮮のミサイル問題で、米、英、仏の安全保障理事国3か国が要請した緊急の安全保障理事会を、開催日を1日遅らせてなんとか開いた。欧米各国がその場で、北朝鮮が発射したという極超音速ミサイルが弾道ミサイルの技術を使ったもので安保理決議に違反すると主張、非難声明を取りまとめるよう求めたものの、ロシアと中国の反対に遭い、取りまとめに失敗した。議長国ケニアのキマニ国連大使は会合後の記者会見で、「すべての理事国が合意できる声明文にはほど遠い」と表明。各国が自国の意見を述べるにとどまったことを明らかにしたうえで、「多くの理事国が声明の発表に向けて交渉を続ける意欲を示した」と補足した。
 ただ、安保理は北朝鮮が9月15日に短距離弾道ミサイル2発を発射した後の緊急会合でも、声明の取りまとめに失敗しており、改めて無力ぶりを露呈した格好だ。
 こうした中で、北朝鮮が極超音速ミサイルの発射実験に成功したとみられることは、日本にとって大変な脅威と見なさざるを得ない。
 そこで着目したいのが、与党・自民党の動向だ。日本の安全保障政策に大きな影響力を持つ自民党の政務調査会長に就いた高市早苗氏は、先の自民党総裁選中に、テレビで適切な防衛費の水準を問われて、「欧米並みならばGDP比で2%」と答え、防衛費を現行の2倍程度に増やすことも厭わない姿勢を鮮明にした。選挙公約では、必要な装備について「新たな戦争の態様に対応できる国防体制を構築」するとして、「衛星、サイバー、電磁波、無人機、極超音速兵器」を揃え、「迅速な敵基地無力化を可能にするための法制度整備、訓練と装備の充実、防衛関連研究費の増額に注力します」と力説した。防衛は周辺環境に応じて臨機応変の対応が避けられない。その意味では、高市氏が主張するような防衛力の強化もある程度必要である。
 その一方で、自民党総裁になった岸田文雄氏も含む4人の総裁候補が、あまり熱心に外交による抑止に言及しなかったのは、非常に気掛かりなところである。
 北朝鮮はもちろん、再三脅威が指摘される中国もここへきて経済に大きな陰りが出ており、今までのような軍拡は重荷のはずである。悪化する一方の財政赤字を抱える日本も事情は似たり寄ったりだ。(近く発足する)岸田政権には今一度、各国に軍拡競争の無益さを訴えて偶発的な戦闘も含めて武力を行使させないための外交努力に、最大限のエネルギーを注いでほしいところである。

2021年10月4日

COLUMN

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