一般社団法人 グローカル政策研究所

町田徹 21世紀のエピグラム

相次ぐ増資。経営者が忘れてはならないこととは?

 日経平均株価が3日続伸し、7月14日以来およそ1カ月半ぶりの高値を付けた9月1日のことだ。東京株式市場の相場の大きな流れに逆らう動きを見せた特異なセクターがあった。JR西日本に引っ張られる形で売りが広がった鉄道セクターである。
 JR西日本が下げたのは、同社がこの日、公募増資などを国内外で実施し、現在の発行済み株式数の3割弱にあたる最大5266万株を新たに発行すると発表したことがきっかけだった。同社は2022年3月期に2期連続で連結最終赤字を見込んでいる。会社は、調達した資金を大阪駅西側の再開発や鉄道運用の効率化などに充てると前向きな方針を説明したものの、投資家には総じてむなしく響いたのだろう。同社株は一時、前日比で991円(16%)安の5020円まで下げ、年初来安値を更新する結果になった。終値も803円(13%)安の5208円にとどまった。
 公募増資は1987年の国鉄民営化後、JR旅客各社の中では初めてのことだ。JR西日本の想定外の動きをきっかけに、JR各社でも公募増資があるのではないかと警戒する売りが広がった。その結果、JR東日本は一時前日比640円(9%)安の6780円、JR東海も990円(6%)安の1万5160円まで下げた。JR各社ほど売上高に占める鉄道業の割合が高くない私鉄大手でも、西武ホールディングスが一時96円(7%)安の1244円、小田急電鉄が113円(4%)安の2423円と鉄道株セクター全体が下げに見舞われたのだ。
 新型コロナウイルスの影響で、厳しい経営が続くことから、増資に踏み切る動きは鉄道だけの傾向ではない。航空大手でも、日本航空とANAホールディングスが今夏、増資に踏み切り、そろって自己資本比率で30~40%台を確保した。今年3月末時点で債務超過状態にあるところが珍しくなない米欧勢に比べれば、かなり良好な財務状態の維持に成功している。
 こうした動きの背景には、感染の拡大を抑える狙いで人流抑制策が続いており、借入金が膨らんで経営が悪化していることがある。9月1日発表の財務省の「法人企業統計調査」をみても、今年4~6月の借入金総額は477兆円と、21年ぶりの高水準に達した。鉄道、航空以外の企業でも増資に賭ける企業が今後一段と増えることが容易に推察される状況だ。
 実際のところ、相変わらずコロナ危機の収束が見えない中で消耗戦に耐えていくには、バランスシートの健全性が損なわれるうえ、金利負担の重い借入金に大きく依存するよりは、増資を実施して資本の増強にも繋がる株式に借入金を置き換えておきたいという動機が働くのは自然と言えば自然なことである。
 しかし、こうした資本増強には、配当負担の増大のほか、折に触れて株主還元を迫られる可能性が高まること、そして、より厳格なガバナンスの確立を求められることを経営者は決して忘れてはならない。それらの経営責任を果たすためには、血のにじむような抜本的な経営改革も必要だ。増資は決して「魔法の杖」ではない。

2021年 9月 7日

COLUMN

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