一般社団法人 グローカル政策研究所

町田徹 21世紀のエピグラム

洋上風力発電所の開発権入札
総取りした三菱商事でも脱炭素には不十分!

 「いち早く地域社会との対話や地盤の調査に取り組み、地元の東北電力と連合したにもかかわらず、レノバが洋上風力案件の公募・入札で落選したのはおかしい。株価が暴落しているではないか。勝った三菱商事がとんでもないダンピングをしたのでないですか」--。筋違いなのだが、ある外資系の証券マンが数日前、電話で筆者にこう不満をぶつけてきた。政府が去年のクリスマス・イブ(2021年12月24日)に公表した、洋上風力発電所の開発権の入札で、三菱商事が3海域すべてを総取りしたことが、レノバ株の急落の原因になっており、納得いかないというのである。
 年末からのレノバ株の下げがきつかったことは事実だ。入札敗退の報をきっかけに、12月27日と28日は連日でストップ安水準まで下落。年が変わっても、ほぼ一本調子で下げ続けた。そして、ついに1月20日は終値で1587円を付けた。これは、去年9月に付けた上場来高値(6390円)の4分の1以下の水準だ。
 筆者は40年近くの間、証券記者を振り出しに、経済ジャーナリストとして過ごしてきたので、きつい下げへの証券マンのやり場のない怒りは理解できる。また、レノバを含めて、再生エネルギー・ベンチャー企業が「三菱商事の落札価格では事業が成り立たない」などと言い立てて、政治家やマスコミ、学会に対し、入札制度の見直しを求めるロビイングを展開していることも耳に入っている。
 しかし、そうしたダンピング批判ほど的外れな批判はない。3地域で、三菱商事は洋上風力発電所の完成後、1kWh当たり11.99円から16.49円で電力を供給する計画を明らかにしている。これは各地域で2番札を入れた企業との比較では1kWh当たり5円以上も安い価格破壊の料金だ。とはいえ、国際的な平均価格1kWhあたり8~9円に比べれば、まだ1.5倍から2倍の高値に過ぎないからである。
 あまり知られていないが、三菱商事は海上風力発電の先進地域というべきヨーロッパで電力・再エネ会社を子会社化。そのファイナンスやプロジェクト・マネジメント、経営などのノウハウを蓄積してきた経緯がある。
 その子会社はオランダに本拠を置くエネコで、従業員3000人。2007年にいち早く再エネ電源の開発に着手、すでに消費者向けの電力供給では100%グリーン電力という体制を確立した。再エネ発電に加えて、電力・ガスの小売りや蓄電事業、水素事業も手掛けており、カーボンニュートラルの先駆者的な存在だ。CSR(企業の社会的責任)評価機関「EcoVadis」の調査で「プラチナ賞」(世界中の5万社のうちの上位1%という評価に相当)を受賞した実績もある。そして、ドイツなどすでに補助金を得られない案件の開発や運営で、つまり、ぬるま湯のようなFIT漬けの日本とはまったく違う厳しい経営環境で再エネ戦線を戦っている会社なのだ。
 このエネコと、三菱商事は2013年に提携。オランダ沖やベルギー沖で4つの発電所の立ち上げに協力した。2020年3月には、三菱商事は中部電力と組んで両社で5000億円を投じ、エネコを子会社化した。出資比率は三菱商事が80%、中部電力が20%である。
 エネコの経営権を握ったことで、三菱商事は、投資のリターン回収にシビアな欧州の投資家や金融機関からの資金調達の実情、洋上風力発電所の建設や運転のコストとリスク、そしてユーザーに対する具体的な電気の販売条件、詳細な利益率といった企業秘密をすべて吸い上げることが可能な体制を敷いているのだ。
 エネコが去年2月にあげた大金星が、米アマゾン・ドット・コムの欧州の拠点向けに再エネ100%の電力を供給する長期契約を勝ち取ったことだ。電源はエネコが新設する洋上風力発電所で、2023年の稼働後に13万キロワットを供給する契約になっている。
 この契約は、三菱商事が7か月後の去年9月、日本のアマゾンのために国内で太陽光由来の再エネ電力の調達網をつくるビジネスを獲得する布石にもなった。三菱商事が発電所の開発を主導し、アマゾンのデータセンターや物流拠点などに10年間にわたって電力を供給する長期契約だ。首都圏と東北地方に合計450カ所以上の太陽光発電所を整備して、2022~23年にかけて稼働させることになっている。
 三菱商事はこれとは別に、2040年にカーボンニュートラルを実現する計画を公表している通信大手NTTとも広範な提携関係を築いた。着々と、カーボンニュートラル時代に向けて再エネ事業で実績をあげているのだ。
 一方、今回入札で敗れた東京電力や九州電力、東北電力、JERA、J-Power(電源開発)といった大手電力各社は長年、再エネの導入を阻むことで既存の火力発電や原子力発電を最大限に活用するビジネスモデルの温存に躍起だった。加えて、長年、総括原価主義に依存するコスト体質が染みついていた。
 また、もう一方の入札参加組であるレノバや日本風力開発といった再エネ・ベンチャーは、湯水のように支援をしてくれる固定価格買取制度(FIT)にどっぷつつかりコスト削減努力を怠ってきた。
 これらの企業では、ヨーロッパのシビアな競争環境を熟知する三菱商事に太刀打ちできなかったというのが、3か所総取りという入札結果の背景なのである。
 とはいえ、政府は「グリーン成長戦力」で、2040年に最大4500万キロワットの出力を持つ洋上発電所網の建設を目指している。事実上初めての大型入札と言われた今回の3カ所の出力は170万キロワット。まだ序の口なのだ。
 そこで、敗れた中では、「三菱商事のコスト解明が最優先だ」(大手電力会社の役員)と、今年6月と言われる次回の大型入札に向けて、大手電力会社は価格競争力の立て直しに躍起になっているところが多い。自由主義経済下の競争入札のまさにあるべき姿だろう。
 一方、再エネ・ベンチャーを中心に、自民党などに「終わった入札をやり直せ」とか「入札制度を見直して、評価に占める価格の比重を下げるべきだ」と競争逃れを陳情しているところが多いという。
 だが、筆者は政府の良識に期待したい。岸田総理は1月18日に首相官邸で開いた有識者懇談会で「(再生可能エネルギーが)コスト高にならざるを得ない点が日本経済の弱み」「(この弱点は)何としても克服していかなければなりません」と力説しているからだ。
 もはやFIT頼みの事業者を甘やかし、エネルギーコストの高止まりを黙認することは限界だ。FIT一つをとっても、制度の創設以来、買取総額の拡大が続き、今年度は3兆8334億円に膨らんだ。月300kWhを使う標準家庭の負担額は月額で1008円、年額で1万2096円に達しているのだ。いつまでも、こんなことを続けていては、日本のカーボンニュートラルの実現は覚束ない。

2022年01月24日

COLUMN

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