一般社団法人 グローカル政策研究所

町田徹 21世紀のエピグラム

中国、台湾のTPP加盟申請。
日本が果たすべき役割は?

 9月16日の中国に続いて、台湾も同22日、事務局を務めるニュージーランド政府に、環太平洋経済連携協定(TPP)への加盟を申請したことを公表、あわせて、すべての加盟国に支持を要請した。その際、台湾が指摘したように、日本は今年、TPPの議長国だ。中国と台湾の確執に足らわれ過ぎずに、TPPと世界の自由貿易を維持・発展させていくという重要な役割を担っている。
 大方の予想通り、中国は台湾の加盟申請に猛反発をみせている。趙立堅・外務省副報道局長は9月23日の記者会見で、「台湾がいかなる公的な性質を帯びた協定や組織に参加することにも断固反対する」と述べた。趙氏は、中国と台湾は「一つの中国」という中国の立場が国際社会における普遍的な共通認識だ」「いかなる国も台湾と公的交渉をすることに断固反対する」と主張した。
 背景として、台湾の加盟が実現すれば、①国際社会に台湾を「国」として扱う動きが広がり、台湾を自国領と見なしている中国には容認できない、②TPP加盟国には新規加盟に関する拒否権があり、台湾が先に加盟すると中国の加盟を拒否されかねない、③TPP加盟をテコに台湾の経済力が向上し、経済・貿易面での中国依存度が低下しかねない、――といった懸念を抱えているとみられる。
 台湾外交部は声明を発表、中国はTPP加盟国でなく、加盟に必要な基準も満たしていないのではないかと指摘したうえで、中国には台湾の申請に「発言する権限がない」と反撃した。また、台湾がTPP加盟申請を終えたと発表した直後に、中国が軍用機を台湾の防空識別圏に侵入させたことを明らかにして「このような行動パターンは中国にしかあり得ない」と、中国の反発が常軌を逸したものであると非難した。
 確かに、すでに台湾が中国と共に、アジア太平洋経済協力会議(APEC)や世界貿易機関(WTO)に加盟している事実を考慮すれば、中国の今回の反発振りは異常かもしれない。その姿勢には、最近の中国の外交・安全保障の強引さが反映されているようにも映る。
 というのは、台湾は、TPPへの加盟申請を独立した国としてではなく、WTO加盟の際にも用いている「台湾、澎湖、金門、馬祖独立関税地域」という名称で行ったとしているからだ。言い換えれば、台湾は、前述の3つの懸念のうち、少なくとも、第一の「国」として幅広く認知されたいという野望を持っていないことを自ら明確にしていると言える。
 では、この問題に日本はどのように対処すべきだろうか。台湾がいみじくも指摘した通り、日本は今年TPPの議長国だ。中国と台湾の両国の非難合戦にとらわれることなく、議長国としてTPPと世界の自由貿易を維持・発展させる役割を担っている。また、それを実現することで日本の貿易を拡大し、自国の国益の増進に繋げることも重要だ。
 そこで、着目したのは、中台双方の経済的な状況だ。
 日本と台湾の間には、東日本大震災以降、台湾が福島、茨城、栃木、群馬、千葉県産の食品輸入を禁じている問題がある。この問題について、23日に会見した台湾政府当局者は「米国のやり方を参考にしたい」と述べ、「国民の健康確保、科学的根拠、国際ルール」の3原則に基づいて輸入の再開を目指す方針に言及した。これは、ここにきて米国やEU(欧州連合)が被災地産の農林水産物や食品に対する輸入規制を解除したり、緩和したりする措置を打ち出していることを勘案したものだろう。日本はまず、この問題の早期解決を求めるべきである。
 そのうえで客観的に評価すべきは、台湾が日本と普遍的な価値を共有しており、自由主義経済と自由貿易体制を志向していることである。台湾はTPP加盟へ向けた国内法の整備も進めている。一方の中国は、TPPルールに照らすと、国有企業への補助金の廃止や、電子商取引に伴うデータ移転禁止の撤回、新疆ウイグル自治区の弾圧が強制労働の禁止規定に抵触すると疑われる状況の改善など、懸案が山積みだ。中国と比べた場合、台湾のTPP加盟のハードルは遥かに低いと見られる。
 その意味で、茂木外務大臣が訪米中にオンライン記者会見を開き、台湾と中国のTPP加盟申請について、それぞれが「TPPの高いレベルを満たすかどうか見極める必要がある」としつつ、台湾の申請について「歓迎」という言葉を使ったのは的を射ているかもしれない。
 今後も、日本は、中台双方に対して、加盟に必要な要件を明確にしつつ、両者の加盟実現は加盟国全体の利益に繋がる可能性があることを説明し、双方が地道に加盟に必要な努力を継続するよう促していくべきだ。
 その過程で、中国に対しては、仮に台湾が先に加盟を果たしても政治的な思惑で台湾が中国の加盟を阻むようなことがないよう日本として働きかける用意があることを伝えるとか、双方の加盟をWTOが行ったように同時として処理するような妥協案作りを主導する必要は出て来るかもしれない。中台双方と2国間のFTA(自由貿易協定)を締結済みのニュージーランドとシンガポールの2カ国との連携がカギになる可能性もある。
 また、中国が東アジア包括的経済連携協定(RCEP)並みにTPP加盟ルールの緩和を求めてきた時は、毅然として拒否する覚悟も重要だ。そのためには、今年2月にTPP加盟申請を終えて、加盟国との個別交渉を進めている英国との交渉を精力的に進め、英国の早期加盟を実現することが日本の対中交渉力を高めるための援護射撃になるだろう。
 最後に、筆者のかねてからの持論だが、バイデン米政権に対してTPPへの早期復帰を促す努力も必要だ。日本時間の9月25日、訪米中の菅総理がホワイトハウスでバイデン大統領と会談し、この問題を議論したものの、米国からは前向きな回答を引き出せなかった模様だ。
 しかし、TPPの成り立ちは、こうしたバイデン政権の優柔不断な対応を許すものではない。というのは、シンガポール、チリ、ニュージーランド、ブルネイの4カ国で2006年に発効した自由貿易協定「パシフィック4」の拡大交渉に、日本、アメリカ、オーストラリアが加わってTPPの枠組み作りに取り組んだ際そもそもの狙いが、WTO加入の際に例外的に認められた特権をいつまでも手放さず、通商・貿易の分野で傍若無人な振る舞いを続ける中国に対し、高い次元の貿易ルールを持つより魅力的な自由貿易協定を目の前にぶら下げて、加盟したければ改革を進めるよう促すことだったからである。バイデン氏は、このTPPへの拡大戦略を主導したオバマ政権の副大統領である。
 繰り返すが、TPPの新加盟には、加盟国の全会一致が必要というのが現行のTPPのルールだ。このため、中国の加入を認めると、将来の米国の復帰の可能性が閉ざされる恐れもある。この点をしっかりと説明し、復帰を急ぐようバイデン政権に粘り強く迫る役割を日本は負っている。

2021年 9月27日

COLUMN

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